弱い私も受け入れて
今日、内田さんという患者さんが亡くなった。享年95だから、決して若くはない方。今回の入院ではリハビリをしていなかったけれど、実は私が初めて1人で担当させてもらった患者さん。


あれから5年が経ち、その後は一度も担当する事はなかったけれど、入院するたび、外来で見かけるたびにお話ししたりして、すごく思いいれのある人だった。


会うたびに「恵ちゃん、恵ちゃん」と名前をいつまででも覚えてくれていて、呼んでくれることも凄く嬉しかった。


そんな内田さんが、亡くなってしまった。今回は肺炎での入院だったけれど、復活は出来なかったらしい。


もちろん私に何かできたわけでもないし、寿命といえばそれまでだけど、なんとも言えない悲しさというか切なさが私の心を支配していた。


私より後に入職した香坂君が、私と内田さんの関係を知っているはずがない。それなのに彼の口からは「内田さん」の名前が当然のように飛び出した。何で?という疑問を抱くのは当たり前だ。


「……だって井上さん、内田さんとすごく親しそうだったから。今日内田さんが亡くなったからじゃないんですか?」


「なんでそんな簡単に分かるのかな」


おかしいな、と笑ってしまった。けれど、へらりと笑う口元とは違って、目からは涙が零れてきた。あーあ、なんでこんな姿見せてしまっているんだろう。こんな心が弱りきっている姿なんて、誰にも見られたくないのに。


「そんな顔しないでくださいよ。泣かせたかったんじゃないんですけどね」


「見たくなかったなら、さっさと帰ればよかったのよ」


早く消えてよという気持ちを込めて、拒絶するように言い放った。





「見たくないなんて言ってないですよ。泣かせたくなかったって言ったんです」


そんな事を言った彼からは立ち去る気配は感じられない。


「……」


無言のまま、私は俯いてしまった。こんな顔見られたくないから。


「……はぁぁ」


頭上から聞こえる深い、深いため息。そして、頭には重みと温もりを感じた。頭に載るものの正体に気づき、固まってしまった。


香坂君が私の頭を優しく撫でてくれている。なんで、という驚きももちろんあったけれど、それよりもドクドクと激しく鼓動し始めた心臓が気になって仕方ない。ついでに顔も火照ってしまい、熱くて堪らない。


彼の反応が気になって俯いていた顔をあげると、初めて見るほど真剣な顔をしていた。


「これでも井上さんを1番近くで見てきたつもりなんですよ。事務仕事が苦手な俺に井上さんだけは嫌な顔せずにちゃんと根気強く教えてくれて、俺が問題起こしたときも井上さんだけは距離をあけたりせずに今まで通りに接してくれた。他の女性スタッフには分かりやすく一線引かれてましたから。俺、嬉しかったんですよ」


嬉しかった、そうもう一度呟くと、顔がほころびて優しい表情に変化した。


「それって、どういう……」
< 3 / 7 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop