イジワル上司に恋をして

「……なに? もしかして、オレに惚れた?」
「……!!」


意地悪く、目を細めて僅かに吊り上げた口角。
そんな表情にすらも、勝手に反応してしまうわたしの細胞。

なにしてんの、なの花っ! 真っ先に否定するべきところでしょ、ココは!
こんなふうになにも言えないで、こんなふうに顔を赤くしてたら――……。


「……れません……」
「全然聞こえないけど」
「――惚れませんっ……」


……肯定してるようなモンだ。


大きく目を揺らがせてしまったわたしは、コイツの目にはどう映っているのだろう。
掴まれたまんまの片手首。息が掛かるほどの距離にある唇。逸らさずに見つめ続ける瞳。
もう、なにから気にしていいのか、全然わかんない。

動揺していたわたしに、絶対気付いてるはず。
そこを指摘して、どんどんと追い詰めることだってできたはず。けれど、黒川はそれをしなかった。


「あっそ」


急にいつもの調子に戻り、当然、わたしとの距離も置いて。
ふいっと目を逸らしながらひとこと言って、〝黒川部長〟の顔になる。


「こっち」


それだけ言うと、くるりと背を向け歩きだしてしまった。
広い背中を茫然と見つめる。
そして、今になって、またいろいろと思い始める。

……アイツは、なにを考えて二度もわたしにキスをしたんだろう?
〝キライだから〟って理由でキスをしたとしたら、相当イカレてるし。かといって、わたしを〝スキだから〟だなんて、到底思えない。

だとすると……。

〝ただの冷やかし〟が一番しっくりくる。
たぶん、わたしの反応見て楽しんでるんだ。


「……悪趣味」


遠くなっていく、スーツがキマッた背中にぼそりとぼやく。
その声は聞こえてないはずなのに、黒川はタイミング良く振り返ると、わたしを見た。

思わず姿勢を正すように、背筋を伸ばしたわたしに、眉ひとつ動かさずに言った。

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