イジワル上司に恋をして
「カレシがいるくせに」


一日休んだらすっかり体調は元通り。
そりゃ元気が取り柄のわたしだし、いつまでも風邪なんかひいてられない。


「おはようございますっ」


いつもよりも少し元気に挨拶をすると、ブライダルの方から「おはよう」と返って来る。
休憩室から出たときに、事務所の方からにょきっと香耶さんが顔を覗かせた。


「なっちゃん! もういいの?」
「あ、香耶さん。はい! もうすっかり!」
「そう。よかった! 黒川くんに『倒れた』って聞いてびっくりしちゃった」
「あっ……、そ、そうですよね」


「黒川」という単語だけで汗をかきそう。
幸い今のところまだヤツの姿は見てないけど……って、昨日西嶋さんに誓ったじゃない! ……一方的に心の中でだけ、だけど。

逃げない。ごまかさない。

何度も言い聞かせないと、ついつい逃げてしまいそうになる。


「気になってたんだけど、黒川くんが『いびきかいて気持ちよさそうに寝てるから』って言うから医務室には行かなかったんだけど……」
「えっ!」


あ、あんにゃろう……。
確かに寝てはいたけどさ! いびきなんか! ……たぶん、かいてなんかないもん。

自分の記憶が曖昧だから、そこらへんは強く否定出来ない。


「……黒川くんて……なっちゃんのことが〝お気に〟かもしれないね」
「えぇっ?!」


それまた寝耳に水、青天の霹靂。
いや、それは香耶さんだけの思い込みというセンが濃厚な気もしますが……。

そこまで心の中で突っ込みつつ、ハッとする。

そうだ……そうだよ。なにへらへら答えてるの、わたし!
香耶さんはアイツが好きなんだから、いくら相手がこんな色気もないわたしだとしても、医務室に運ばれたりしてたら面白くないよね?!

いや、でも、香耶さんに限ってそんなやきもちなんか……。

ふと、香耶さんを見ると、一瞬淋しげに笑った気がした。


「ぃ、や!! そんなことは! ないかと思いますゆえ……」


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