イジワル上司に恋をして
――あ。マズイ!
両手は塞がってるし、スローモーションに見えたって、落ちるときは一瞬だ。
わたしはぎゅっと目を瞑るくらいしか出来なくて、顔を棚から背けて身を強張らせた。
「……?」
自分に何かしらの衝撃が来る、と覚悟はしていた。だけど、待てど暮らせど、なんの変化も起こらない。
ゆっくりと瞼を開け、俯いていた顔も恐る恐るあげてみる。
あれ……。まさか、時間が止まったわけじゃないよね……。
そうして、はっ、と背中の感覚を思い出す。
くるりと振り向くと濃紺色。視界がはっきりしてくると、白地の細いストライプシャツに、ブルーベースの太めのストライプ柄ネクタイ。
こんな上級者向けのセンスの着こなしをしてるヤツは、わたしの知るなかで一人しかいない。
「……黒川……さん」
黒川が傍に立つと、いつも、『背が高いな』とは思うけど。でも、今のこの状況。至近距離……ていうか、まるで覆いかぶされてるんじゃないかっていう……。
「大丈夫? 気をつけて」
優しい目と温かな言葉。そして、ごく自然に抱かれてる肩。
不覚にも、わたしの目と心は、ニセモノの黒川に奪われてた。
そんなに柔らかな微笑みをして、大きな頼りがいのある胸と手に助けられたら――。
心臓がうるさくなったって、仕方ないじゃない。