指先3寸
秋もいよいよ終わりも見せ、混雑した人々の群れも暖かな衣服を身に纏い始めた頃。彼女は俺の前に現れた。ぱりっとした白いポロシャツが良く似合う、健康的な女の子。言われなければ高校生に間違ってしまいそうなくらいあどけなさを残した顔立ち。第一印象は、【気が強そう】くらいか。出逢った頃の俺は、さして彼女に興味がなかったのである。

「えー、以前話した事があるかと思いますが本日からうちで働いてくれる北川さんです」

課長に紹介された彼女は少し間を置いてにっこりと笑みを見せた。

「本日からお世話になる、北川スグルと言います。アルバイトですので、じゃんじゃん使って下さい!」

自分に自信があると目が訴えている。何でもしてみせますと、微笑む為に横に伸びた唇が語ってる。彼女の世話役は俺の同僚の一人に任された。同僚の品川はキツい物言いをするヤツで、仕事はできるが周りからの人間評価もいいとは言えない。アルバイト、か。名前通りスグ辞めなきゃいいんだけど。

朝礼が終わって自分のデスクに着くと、隣から小さく小突かれた。視線をそちらにやれば、二年先の先輩が何やらニヤニヤと笑っている。こういう時は、大体くだらない思いつきの話だ。

「ヨネさん、アルバイトの子のこと知ってるか?」
「さぁ、知りませんよ。今日初出勤じゃないんですか?」
「聞いた所によるとどうやら彼女、前は清水で働いてたらしい」
「清水?うちの取引先の?」

あぁ、と彼は頷くと課長の目を気にしてか体をデスクに向けた。ただ視線は好奇の色を含み、品川の後を追って走るスグルへと向けられている。

「清水から何でうちで、しかもアルバイトに……」

自分から振った話題のくせに、課長の圧力を感じて彼はいそいそと仕事に取り掛かってしまった。俺もそれにならって仕方なく手元の書類に目を通す。興味などなかった、興味などなかったのに会話にオチがないと何だか不完全燃焼した燃えカスが残っているように感じる。書類を読むフリをしながら、慌しく所内を移動するスグルを視界の端に捉える。表情は緊張からか先程の笑みはなく、きりりとした真剣な顔をして品川の話を聞いている。

かと思えば品川のくだらない話に大袈裟なくらい笑い、屈託の無い笑顔を見せたりもする。

そんな様子を何度か見ているうちに、いつの間にか彼女を目で追うのが習慣になりつつあった頃だった。

「米山ァ!」

部内で一番怒らせてはいけない先輩の怒気を含んだダミ声が、所に響く。俺はパソコンのディスプレイから慌てて顔を上げて、声の主を見上げる。こっちへ来いと顎でしゃくる先輩に、俺は何故呼ばれたのかある程度の察しが付いたので素早く引き出しの中からシャチハタと印鑑の入ったケースを取り出して彼の元へと急いだ。
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