【完】女優橘遥の憂鬱
 「社長、それを聞いちゃ野暮だよ。彼処で遣ることは一つだよ」


「貴様、解っていてワザとアレを用意したな?」


「アレって何だい?」

海翔さんが悪戯っぽく言った。

あの椅子が脳裏に浮かんだ。それと同時に、何もかも計算されていたことを知った。


思わず俯く私を彼が背中に隠す。


「彼女が悪いんじゃない。あんな場にアレを置いておくからだ」


「やっぱりな。遣ると思った」

海翔さんは又笑い出した。


「もう……、海翔さんの意地悪」

私はきっと今耳まで真っ赤になっているだろう。
それでも言いたくて仕方なかった。


「ありがとう。夢がやっと叶った」

耳元で小さく囁くと海翔さんの腕が伸びた。
私は彼と海翔さんの腕の中で抱き抱えられた。




 「ところで、貴女のパパさん独身?」


「だと思いますが……」


「だったら立候補しても良い?」

社長が突然言った。


「結婚式はもう済んだのよ。あの鐘には、そう言う意味があるのよね。違った?」


「もしかしたら社長、父を好きになったの?」


「えっ、えっーー!?」

彼が又突拍子のない声を上げた。


「そうよ、悪い? 私もそろそろ、女の幸せ味わいたいのよ。貴女みたいにね」
社長は私にウィンクをした。




 ――ドッサ。

いきなり、大きな音がして慌てて見たら父が書類を落として震えていた。


「貴女は一体……、私を騙したのですか?」


「違うんです社長。橘はるかさんはまだ生きてます。でも頭を手術されて、彼女との記憶無くしています。パートナーもおられますから、来ていただくことは叶いませんでした」
海翔さんが頭を下げた。


「それにしても、君はサプライズ好きだね」


「はい。社長のお相手にと、とびっきりの美女もご用意させていただきました」


「えっ!?」


「少々お待ちください」

海翔さんの言葉に応じるように、社長が部屋を出て言った。




 それはまるでお色直し。老けメイクを落とした社長が其処にいた。


「貴女は?」


「私の所属していたモデル事務所の社長。十歳離れているけど私の親友なんです」


「美しい……」


「でしょ? 世間では美魔女って評判なんです」


「美魔女!? そうか、あの言葉は貴女のためにあったのですね」

父はまんざらではない顔をしていた。




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