【完】女優橘遥の憂鬱
 私は大学時代の同期生が興したモデル事務所にいた。


その人は女子高の大先輩で、私とはかなり歳が離れてはいたが親友だったのだ。

私が大学生になれたのは、社長が前の事務所を紹介してくれたからなのだ。




 私はやっとハロウィンの悪夢や、監督の陰謀などから立ち直ったところだった。


其処へ懐かしい人達が訪ねて来てくれたのだ。

それが、あの日私の代わりに監督達に拉致された少女だった。


「まさか、あの娘の口から『あの……、チェリーボーイって何ですか?』なんて出るなんてね」

私と社長は笑っていた。
やっと笑えるようになっていたのだ。




 その時、ドアがノックされた。


「はーい。社長、彼女おっちょこちょいだから忘れ物でもしたのかな?」

私は軽い冗談言ってドアを開けた。


(えっ!)
私は一瞬見間違えたかと思った。
其処に居たのは、神野みさと、海翔夫婦ではなかった。

懐かしい彼だった。
思い出す度に苦しくなるあのカメラマンだった。


「嘘……」

私は慌ててドアを閉めていた。

それでも、そっと覗きながら開ける。


見間違いではない。
それはやはりカメラマンだった。




 「愛してる」
彼はそう言うが早いか、いきなり私の唇を奪った。

その激しい息遣いが、私のハートをヒートアップさせた。


息継ぎのために離れては戻る唇。
その度に強く深く合わさる。


「もう……」

私は泣きながら、彼の胸を叩いていた。


「愛してる。愛してる。もう離さない」

もう一度唇が重なった時、息をする余裕もなくて、ただ彼に身を任せていた。


そっと薄目を開けると、ドアの隙間で海翔さんが目を丸くしていた。


「忘れ物しちゃった」

慌てて戻って行く海翔さんをすぐに追い掛けた。

そして、彼がいたから生きて来られたことと、私を守ってくれていたのが彼だと告げた。

その上で、監督が私を目隠しして遣らせようとした男性俳優陣が、私のヴァージンを奪った犯人だと言った。


海翔さんが驚いて、すぐに訴えようと言った。
協力してくれると言ってくれた。




 海翔さんは、弟さんからデビュー作品を借りて見たそうだ。

目を背けたくなるようなその余りの残忍さに、全身が鳥肌に覆われたと言った。

だから、私が立ち直ってくれたことが何より嬉しいと言ってくれた。




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