【完】女優橘遥の憂鬱
 「そうだ。良いことを思い付いた。ちょっと待ってくれないか?」
父はそう言いながら受話器を取った。


「悪いが、其処に神野君がいたら此処に来てもらってくれ」


「神野って、海翔君の父親の?」


「海翔君を知っているのか?」


「知っているも何も、俺達を此処に案内してくれたのが海翔のお父さんでした」


「そうか? そんなことがあったのか。神野君は海翔君の仕掛けたサプライズにハマって、奥様と愛の鐘を鳴らして帰って来たばかりなんだ」


「愛の鐘?」


「ホラ今日はホワイトデーだろう? そのサプライズなのだそうだ」


「えっ、ホワイトデー」

彼は少し慌てて、ポケットの中に手を入れ何かを探していた。


「あっー、きっと彼処だ。母さん、家にプレゼント置いて来ちゃった」


「それってもしかしたら、これかい?」

母親はそっとバッグから小さな包みを取り出した。


「玄関の花の側に置いてあったから持って来たけど、てっきり私への贈りものだと思っていたよ」


「違うよ。彼女へだよ。誰が今更母さんになんか。あっ、冗談だよ。ごめんね母さん」


「相変わらず仲がいい親子だね」

父は私にウィンクをした。




 彼からのプレゼントは指環だった。


「これを買うために一生懸命アルバイトしたんだ。でも給料の三倍もいってないけど」


「えっ、君はアルバイトで生活してるのか?」

父の言葉に彼は頷いた。


「仕方ないの。監督から私を守るために頑張ってくれていたのだから」


「確か君はカメラマンだったね?」
父の質問に彼は頷いた。


「すいません。お嬢様の撮影は全て息子が……、監督の命令でコキ使われていたそうです。報道カメラマンが夢でして、その監督の元へ行ったら、いきなりグラビア撮影から切り替わったそうです」

母親が彼をフォローしていた。


「知っているよ。君のその報道カメラマンになる夢は、行方不明になっている私の娘を探すためだと聞いている。本当に有難いと思っていたんだ」


「えっ!? 一体誰から聞いたのですか?」


「何を言い出しますか。私は貴女からそうお伺いいたしましたが……」


「あれっ? そうでしたか?」


「母さん、しっかりしてくれよ。今からボケられたら困るよ」

その一言でその場の雰囲気が一変して、小さな笑い声に包まれた。




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