ファントム・アンド・ローレライ

『ひろってください!!』


 心当たりがあるのだろう。よく言えば女の子らしい、悪く言えば稚拙な字で書かれたそれを見て、男は驚き、それから視線を落として黙りこんでしまった。これは相当な訳アリだ。詳細こそ分からないが、なんとなく響子は事情を察した。全くもって信じがたいが、察してしまった。


 彼は捨てられたのだ。このゴミ捨て場に、文字通りの意味で。


 響子は深々とため息をつく。ゴミ捨て場で男女がふたり、重苦しい空気のなか座り込んでいる図はとてもシュールだと思う。人気のない通りで良かった。男の格好も格好だ、見られたら間違いなく通報される。それだけは何としてでも避けたかった。

 男に押し倒された時、響子が感じたのは貞操に対する危機ではない。なにせ男が彼女を押し倒したのは、彼のせいではなく――彼女が彼に、そうさせてしまったせいなのだから。


 自身の『力』が他人に露見するのではないか。彼女の頭にあったのは恐怖だけだった。


 ……いまは男に対する申し訳なさやら、文字しかしらない彼の元飼い主への怒りやら、イケメンボイスへのときめきやらがない交ぜになっているけれど。

 もう一度、さらに長いため息をついてから、響子は立ち上がった。

「まあ、こんな場所でじっとしてるのもなんですし。ひとまずうちに来ませんか、お兄さん」

 ここから5分かからないくらいなんですよ。言いながら手を差しのべた響子を、男はただぽかんと見上げていた。
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