二重螺旋の夏の夜
「もしもし」

「…はい」

「神崎ちゃん?」

「はい、そうです」

彼女のか細い息遣いまで聞こえて、実際には遠いはずなのに、すぐ近くにいるような錯覚に陥った。

年甲斐もなく、緊張している。

「あれからどう?体調とか大丈夫」

「はい。今実家にいて、美味しいものいっぱい食べてます」

「そりゃよかった」

自然と笑顔がこぼれそうになるのを必死でこらえた。

顔をそむけて話しているせいで、左頬に井口の痛い視線を感じる。

そんなことを知るはずもない神崎ちゃんは、ゆっくりとまた話し出した。

「明日、これから住む部屋に引っ越しするので、月曜日からはまたいつも通り出勤できます。ご迷惑おかけしてすみません」

「迷惑だとか、考えなくていいよ。自分を大切にしてって、言ったじゃん」

「…ありがとうございます」

ようやく自分を平静に保てるようになったところで、疑問に思ってたことを投げかけてみた。

「それより、この前言ってた時にも気になってたんだけど、そんな急に引っ越しして大丈夫なの?その…費用とかいろいろ大変だと思うんだけど」

すると一拍間を置いて、力強い声が返ってきた。

「早見さん」

「ん?」

いつもは出さないようなきりりとした声に、少しだけびっくりする。

「わたし、このまま結婚するのかなって、漠然と思ってたんです。だからなるべく生活費削って、貯金してたんですよ」

「うん…」

「少ない額ですけど、すぐに引越しできるくらいには、あります。荷物もこれといってないですし」
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