二重螺旋の夏の夜
一番近くのバス停までの道を、肩で息をしながらゆっくりと目指す。

運動不足な上に最近は食事もろくにとっていないせいで、体力が激減していた。

本当はタクシーに乗ってしまいたいけど、アパートから駅までは遠いので非経済的だ。

非、経済的か。

そんなこともう気にする必要ないのにね。

曲がり角まで来てはじめて、来た道を振り返った。

薄暗い中、遠くにアパートの白い外壁がかろうじて見える。

いつもと変わらないのに、もうこの道を通ることもあの部屋に帰ることもないと思うと、急にいろいろな記憶が頭をよぎった。

かわいらしい表札のあの家の庭ではしょっちゅう黒い野良猫がうろうろしていること。

その向かいのクリーム色の壁の家では、毎年金木犀がいい香りをさせながら花を咲かせること。

深緑の屋根の家の、2階の道路側の部屋は毎晩夜遅くまで明かりがついていること。

歩道のくぼんでいるあの部分には、雨が降ると真っ先に水たまりができること。

そんな日常の、普段気にも留めないような一瞬一瞬がよみがえってきて、わたしは確かにこの街に住んでいたんだと思い知った。

そして、出ていくという自分自身の決意も。

もう一度前を向いて、また歩き出す。

角を曲がればもうバス停はすぐそこだ。
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