つなぐ理由
つなぐ理由

「ちょっと飲ませすぎちまったからな。上杉、せーこちゃんのことは頼んだぞ」


飲むといつも笑い上戸になる課長が、地下鉄の駅に続く階段を下りていくわたしと上杉先輩に向かって声を掛けてきた。


「聞いてんのか、このむっつり上杉っ。何度も言うけどな、せーこちゃんはみんなのアイドルなんだからな。いくらせーこちゃんが酔っ払ってるからって送り狼とかになったら承知しねぇぞう」


課長はひらひらと手を振りながら他の先輩方と一緒に山手線の駅に向かって歩き出した。それを見送ると、上杉先輩と一緒に再び地下に続く長い階段を降りていく。


通勤に地下鉄を使っているのは、うちの課では上杉先輩とわたしだけ。だから飲み会の帰りは自然2人きりになる。


この上杉先輩とは、同じ課にいてもあまり会話をすることがなかった。

べつに嫌われているとか何か理由があるからではなく、先輩とは仕事上での接点がないのだ。おまけに上杉先輩は寡黙で就業中に無駄なおしゃべりをするようなタイプでもない。

挨拶くらいは毎日交わしているけれど、上杉先輩がどんな人なのかまだ入社して半年のわたしには分からなかった。




だからいつもながら、2人きりというこの状況がすこしだけ気まずいような。




先輩の横に並んで歩きながらやや緊張して階段を下りていた。時刻はそろそろ10時という半端な時間で、ひともまばらだ。


--------帰り、座れたらいいな。


おろしたてのパンプスがまだ足に馴染まなくて、靴擦れしてすりむけた足首が痛く、それを庇うように変な歩き方をしていたら、不意にからっぽだった右手が何かに捕らわれた。


「………っ……」


いきなりのことで思わず隣にいる人を見上げる。今日も突然断りもなく手を繋いできた上杉先輩は、顔色を変えることなくただ黙々と歩き続ける。



---------飲むと真っ赤になる体質でよかった。



あまりにも堂々としすぎている上杉先輩の隣で、緊張もマックスに達したわたしは自分の顔がじんじんと熱くなっていることを感じていた。





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