YUMERI〜女のコにはユメとキボウがあるのだ!〜
デンスケさん
その頃、田吾郎は取材旅行を終えて、久しぶりに長兄の家を訪ねていた。ちょうど帰り道だし、両親の墓前に線香をあげたいと思っていた。
「お義姉(ねえ)さん、急にお邪魔してすみません」
玄関先で田吾郎が恐縮していると、
「まぁやだ。水くさいわね」
義姉は苦笑して早くあがりなさいと手で促した。
「兄さんは…?」
「さっきまで友達が来てたからね、どんちゃん騒ぎしてたの」
「昼間から!?」
田吾郎はバックパックを背負い直して義姉の後を歩きながら、驚きの声をあげた。
「今は大体息子に仕事任せてるからね、気楽なもんよ。昼間のビールがまた美味しいんでしょうね。体の事考えて欲しいわ」
義姉の言葉にうなづきながら、久しぶりに来た長兄の家を見回した。また改装したんだろうか。前来た時より豪華になった気がする…。居間に差し掛かると、長兄が高いびきでソファーにだらしなく眠っていた。
「もう、ヤダ。あんた、田吾郎さんが見えたわよ」
義姉が夫を軽く揺すった。
「た…。あぁ、デンスケが来たのかぁ」
長兄が呂律の回らない声で言った。
「デンスケ…?」
異口同音に田吾郎と義姉は言って顔を見合わせた。

「タゴさん、まだ帰ってないのかい」
ケイの母−希望梨達の祖母の岩坂ミヨは不機嫌にそう言った。
「母さんが急に来るからでしょ。タゴちゃんは旅行記を書いてるんだからあちこち出かけるのは当然です」
ケイはぶすっとしてミヨにお茶を差し出した。娘達に店番を頼んで、2階の居間で二人向かいあって座っている。結婚したお祝いに買ったダイニングテーブルでだいぶガタが来ているが、愛着があって大切に使っている。
「畳のある部屋が無いのもヤダね」
「今時の家はそうよ。畳が欲しくなったらその時買うわよ。…というか母さん、父さんと何があったの?」
ケイはミヨの足元の大きな荷物をちらっと見た。何泊するつもり?
「だってお父さんたら…」
口を尖らせてミヨが話し始めた。

「デンスケ、お前の本当の名前はデンスケだあな」
まだ呂律の回らない声で長兄は言った。
田吾郎は、兄が自分を担いでいるのか、それとも遂に自分の名前の由来が明らかになるのか?と複雑な面持ちでいた。
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