好きから逃げない。
「まあまあ、その辺で勘弁してやって下さい。本人も反省していますし。」

私の後ろから助け舟のような声が掛かった。

「ゆ、雪名先生。でも、こういうのはきちんと言っておかないと…。」
口やかましく怒っていた先生が、その声の主を確認すると同時に急に声色を変え小さく狼狽した。

後ろからゆっくりと歩いてきた雪名と呼ばれた先生は私をちらっと見て軽く微笑んだ。

正義の味方だと思った。若いしルックスもいい。

「俺がよく言って聞かせときますので。あ、そうだ。副校長が呼んでましたよ?」
「…分かりました。後はお任せします。」
渋々といった様子で担任は、私を解放し走り去っていった。

「よ、災難だったな。怖えーだろ?村田先生。担任だってな、頑張れよ。」
怒られ続けてへこんでいる私にその先生は励ますように言った。
「ありがとうございます。えっと…雪名…先生?」
「ああ、よく知ってんな。」
「さっき村田先生が呼んでたから。」
「そういえばそうだったな。」
眠そうに目を擦る先生に、さっきまでの緊張感が一気に消えていった。
「そういえば、ほんとに副校長先生が村田先生のこと、呼んでたんですか?」
「んー?さあ、どっちでしょう。というか、お前、遅刻した理由が道に迷ったって…。」
「嘘じゃないんです!」
何故か、この人にだけは嘘つきだと思われたくないと思った。

「…知ってるよ。お前がそんな嘘つかないことくらい。けど生真面目に答えたってああいう先生には通じないんだよ。

嘘も時には大事よ?
雪名先生はそういって伸びをした。
「…え?」
「じゃあな、吉野。」
そう言い残して、あくびをしながら先生はゆっくり歩いて行った。

どういうこと?
知ってるって…。初対面だよね。
それに…。なんで私の名前知ってるの?言ってないよ?
遅刻したから先生たちの間では有名になっているのか。それとも、先生は以前から私を知っていたのだろうか。

残された薫は雪名が去った後を見ながら首をひねった。



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