まほうつかいといぬ


■out of the blue


交差点に落ちていた。
青が交差点の真中に落ちていた。

白黒映画のような視界の中に忽然として現れたそれ。行き交う黒い脚、澱んだ人の群れ、コンクリートに塗られた白。そこに、鮮明な四角い青。空をそのまま切り取ったかのような、海を落としてしまったかのような、青。

草臥れたスーツが一着、黒服の波に逆らって立ち止まる。下を向いて歩いていた男は、足元の青を手に取った。軽くて薄っぺらいそれは、所詮下敷きと呼ばれるものだった。

何故、このようなところに落ちているのか。男は不思議に思って下敷きを見つめる。向こうを透かすクリアブルー。下敷き越しに見えるのは、濃青に変色した革靴。

けれど、それだけなのである。下敷きの向こう側のコンクリートは未だ灰色で、手入れのされていない靴は変わらず黒色だと決まっていた。
男は溜め息を吐くと、落とし物を捨てようとした。そのとき。

「     」

声だった。雑踏の間を縫うように、誰かの声が男の耳に届けられた。その聞き馴染んだ声が胸の内を満たしていく。
呼ばれた男は、顔を上げた。何故か、つられて下敷きを顔の前に持ち上げて。

──────ここは海の中だから、きっと聞こえないよ。


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