とろける恋のヴィブラート
 結婚式の余興の前に届いた父、エドガーからの手紙だった。御堂はドイツ語で書かれたシンプルな手紙に唇を噛み締めると、ビリっと憎しみを込めて何度も破いた。


「何やってんだ俺は……」


 幼少の頃からなんでも親の言いなりだった。周りからは心を持たない少年呼ばわりをされ、言われるがままヴァイオリンを弾いて大人たちを喜ばせてきた。祖父も父も御堂がベルンフリートの本社に所属し、活動元にさせることをずっと望んでいたが、時に数十万で売買される演奏家のチケットや、プレミアムの公演会など、高級志向の本社とは肌が合わなかった。



 ――お前がどうしてもそこに残りたいというなら、日本支社に所属しているアーティストをオーディションして本社に引き抜いてもいいんだぞ?



 奏なら、こんな脅しにも屈せずに自分の音楽を貫き通すだろう。けれど、御堂はそれができなかった。


 大切なものを守るためには、何かの代償が必要だ。奏には音楽で生きていって欲しい。自分の気持ちを押しつぶして、御堂は奏の手を振りほどいてしまった。


「馬鹿だな……」
 

 御堂はボソリと呟いて、引きちぎられた手紙の破片を、いつまでもぼんやり見つめていた――。
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