とろける恋のヴィブラート
「じゃあ、お疲れさま」


 奏が仕事を終わらせて席を立ったその時だった。バッグの中で携帯が鳴っているのに気づいて、電話に出ると、それはラウンジのオーナー、北見からだった。


「もしもし?」


『あ、奏ちゃん? お疲れさま。まだ仕事中だったかな?』


 北見の物腰柔らかな声が電話の向こうで聞こえる。奏は、隣席の後輩に軽く“お疲れさま”の会釈をすると、電話をしながらオフィスを出た。


「大丈夫ですよ。たった今、仕事が終わったところなんです」


『そっか、じゃあタイミングよかった。今夜もこっちに来てくれるんだろう?』


「えぇ、そのつもりです」


『あのさ、いきなりで申し訳ないんだけど……今夜、奏ちゃんの演奏が終わったら少し時間取れるかな? 実は紹介したい人がいてさ』


「紹介したい人……?」


『桐島瑞希って知ってるよね? バイオリニストの。先日、彼女がうちの店に来てさ――』


「え……?」


 予想外の名前が飛び出して、奏はつい短く声を漏らしてしまった。


 桐島瑞希と聞いて、どうしても御堂を連想してしまい、ドキドキと勝手に心臓が高鳴る。
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