好きと言えなくて
やっぱり
見覚えのある名字。東西南北の……ではなく、喜ぶに多いと書く。

でも! ここで降ろされても、インターホン鳴らされへんし! 家族もいてるやろうし! それに……。

私は正義の彼女でもなんでもないし……。

帰りの電車賃くらいあるし、帰ればいいのに……なぜか、ここから離れられへん。

電話、しようかな……? スマホをみつめる。でも、なんて言えばいいの?

別れようって言ったけれど……一日も経たないうちに、もう会いたくなって。やっぱり、正義じゃないとあかんやなんて……。

そんなこと、言えるハズない。
うつむいて、地面をザッザッと蹴る。地面にこぼれ落ちる涙を、かき消す……。

涙で濡れる目に、見覚えのあるスニーカーが映った。先の白い部分が、薄汚れている。

でも、顔をあげることができないでいた。
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