先輩上司と秘密の部屋で

初めて口を聞いた日以来、杏奈は嵐士と全く会話を交わしてしていない。

よく家に遊びに来たり時には泊まることもあるが、ほとんど隼人と一緒にいるため、声をかけるチャンスはなかった。

たまに目が合ったとしても、杏奈の方から急いで逸らしてしまう。

優しかった嵐士の瞳は、杏奈がそんな失礼なことを繰り返す度に、どんどん陰りを帯びていった。



そしてある日を境に、嵐士は変わってしまう。

まるで睨みつけるような鋭い視線を、杏奈に向けてくるようになったのだ。

近寄るなと言わんばかりの、激しい拒絶。

自分は嫌われてしまったのだと思い、杏奈はますますその視線から逃げまくった。

夜の闇に似た、漆黒の瞳。

その魅力に囚われてしまうことに、なぜか恐怖を抱いてしまった。



辛いだけで楽しくも何ともなかった淡い思い出は、杏奈の心に暗い影を落とす。

名前をつけることすら出来なかった宝物のような想いを心の奥に閉じ込めたまま、杏奈は大人になってしまっていた。

< 7 / 102 >

この作品をシェア

pagetop