私が恋した男〜海男と都会男~
 テーブル席に前菜がのったお皿が運ばれ、姫川編集長がナイフとフォークを使って小皿に取り分けた。

 この前菜は色鮮やかな野菜と鮮魚のテリーヌで、オレンジと白のソースがテリーヌを囲うようにかけられている。

「いただきます」

 フォークでテリーヌの野菜を口に運ぶと新鮮で歯ごたえがあって、ソースは主張しすぎない味で野菜の邪魔をしていない。

 一体どこの野菜を使っているんだろうと、口を小さく動かしながらその味を楽しむ。

「リスみてーだな」
「それじゃあ、姫川編集長は熊ですね」
「うっせぇ」

 顔を見合わせてお互いクスッと笑い、次々と出される料理を食べながらたわいもない話をする。

 私が大学生の頃や四つ葉出版社に就職してからのことだったりと話をしていると、最後の料理が私の前にだけ置かれた。

 その料理は苺が一粒乗せられた1ピースのケーキで、姫川編集長の前にはコーヒーが入ったカップだけ置かれた。

「私だけいいんですか?」
「"お祝い"だから。早く食え」
「ありがとうございます」

 フォークでそっとケーキを食べやすいようにすくって口に運ぶと、ケーキのスポンジはふんわりと柔らかくて、クリームは甘すぎないから食べやすい。

「美味しいです」
「そりゃ良かった」

 姫川編集長は嬉しそうに笑い、コーヒーが入ったカップを持って静かに飲む。

 いつも口調が厳しいのに、どうして今日はこんなにも笑顔を見せるの?なんだか調子が狂うというか、この雰囲気がそうさせているの?

 ケーキを食べ終えると食後の紅茶を出してもらい、食事の時間はあっという間に終わりとなる。
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