桜まち 


今まで気がつかなかったけれど、もしかしたらよく同じ車両に乗り合わせていたのかもしれない。
いや、これだけ毎日混んでいるのだから、気づくほうが難しいか。

なんにしても、又出逢ってしまった一目惚れ様に、私は興奮状態だった。

今ならこの興奮が作用して、一〇〇メートルで世界新を出せる気がする。

陸上なんて体育の授業でしかしたこともないのに、頭の中ではゴールテープを真っ先に切って観客席から沸く握手喝采に興奮している自分の映像が鮮明に浮んでいた。
その観客席では、櫂君が涙を流して歓喜の拍手さえしているのだ。

一目惚れ様は、私のドーピング剤だ。
って、薬物違反じゃん。

くだらない妄想にかられていると、電車は会社の最寄り駅に着き、私は押し出されるようにドドドッと車外へ雪崩れ出されてしまった。
スーツとスーツにはさまれて、朝ばっちりしてきたメイクも台無しになるくらい。

一目惚れさま~っ。

サラリーマンの群れにサンドされるように雪崩れ出されながらも、愛しの一目惚れさまへと手を伸ばしてみたのだけれど、届くはずもなく。
というか、万が一に届いたとしても。
わしっと一目惚れさまを掴んでしまった日には、駅員さんに連行されてしまうだろう。

それにしても、毎回こんな状態の通勤で、よく今まで無事に生きてこられたよ私。
なかなかにしぶとい自分自身を褒めてあげたいわ。

愛しの一目惚れ様は、あっという間に見失ってしまったわけだけれど、この時間のあの車両に乗れば、もしかしたら又明日も逢えるかも。

そう考えただけで、ウキウキと心が弾んでいった。



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