桜まち 


スマート過ぎるいでたちに思わず目が奪われ、その人だけが切取られたみたいに私の目の中に飛び込んできた。

音や風景や周囲にいるたくさんの人たち。
その全てが、ばっさりとそぎ落とされ、彼だけが私の目の前に存在しているみたいだった。

実際は、ラッシュ時なんだから、ホームの上はえらい混雑で。
こんな風に立ち止まっていると、結構邪魔者扱いなのだけれどね。

突然呼び止めたのに何も言い出さないでガン見している目の前の女を、落とし主の相手は訝しげに見ている。
その表情に気づいて、慌てて手に持つ物を差し出した。

「こ、これ。落としましたよ」

走って追いかけ階段も駆け下りたせいで、話しかけた私の息は切れ切れだった。

はぁはぁと、電話口ならかなり怪しい音にとられるだろう息を吐きつつ落とした物を差し出すと、一瞬の間のあと笑顔が向けられる。

「え? あ、ありがと」

あ、この笑顔いいっ。

眩しすぎる。
背後に後光さえ見えちゃうよ。

白い歯もたまらなく素敵じゃないの。
CMに出演していてもおかしくないスマイルじゃない。

朝の光差し込むホームで、思わず落とし主に見惚れていると電車が滑り込んできた。
それと同時に、邪魔だ、といわんばかりに私は周囲から押し合い圧し合いされ、我先にと電車へ乗り込もうとしている人たちに無残にも思いっきりはじき飛ばされてしまった。

「あわわわっ」

そうして見失う素敵な落とし主と、乗り過ごしてしまったいつもの電車。

一本乗り逃した電車のことよりも、私は彼を見失ったことが酷く残念でならなかった。

あーあ。


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