桜まち 


ところで。

「午前中、物件見て回ってたんでしょ? なんかいいのあった?」
「いくつか見たんですけど、間取りはいいのに日当たりが余りよくないのとか。部屋の感じはよくても駅から離れちゃったりで、どれもいまいちなんですよねぇ」

「もっと早く訊いてくれていれば、私の部屋のお隣に入れたんだけどね」
「え? 菜穂子さんちの隣ですか?」

櫂君は、酷く驚いている。

「うん。今日退去してくみたいで。でも、もう次が決まっちゃってるんだって」
「ああ、僕タイミング悪っ」

櫂君は、とっても悔しそうにしている。

「菜穂子さんちの隣に入れたら、いつでもお醤油借りに行けたのに」
「いつの時代?」

私たちは顔を見合わせて笑う。

この前の逆パターンでとぼけて笑う私たちは、いい仲間だと思う。
こんな風に気の合う相手など、早々いるものじゃない。

「このあとも物件探すの?」

ラーメン屋を出て訊ねると、少し迷った顔を見せた。

「焦って探しても駄目な気がするので、今日の物件探しはおしまいにします。菜穂子さんは?」
「私は特に何の予定もなしですよ。恋人がいないと、休日は度々こういうことになってしまうのよね」

ああ、なんて空いた午後に溜息を漏らすと、櫂君がキラキラした目で見てきた。

「じゃあ。いない者同士、どっか行きましょうか?」
「いない者同士って、ちょっと寂しい感じじゃないのよ」

拗ねた顔をすると、まあまあ。なんて適当になだめられ、私は櫂君と共に休日を過ごすことにした。


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