桜まち 


私は一旦土鍋の火を止め、ストーカーと呼ばれているのにもかかわらず勢いだけで声をかけた。

「あのー」

ドアを少し開けた状態で望月さんに声をかけると、カタカタと震えながら望月さんがこちらへ顔を向けた。

「大丈夫ですか……?」

遠慮がちにかけた声だったけれど、私を見てあからさまに顔を顰められてしまった。
眉間に寄った皺が、なんだよ、ストーカー女。といっている気がして声をかけたことを後悔してしまう。
加え、大丈夫なように見えるのかよ。とも言っている顔つきだ。

望月さんの攻撃的な表情に心が半歩後退して、そそくさとドアを閉めようとしたところで彼が躊躇いがちに口を開けた。

「あんた。大家の孫なんだよな?」

閉めかけたドアを途中で止める私へ、望月さんは声をかけたことが不本意だといわんばかりのぶっきらぼうな訊ね方をした。
私はドアを少しばかり開けた状態で、訊ねられたことに一つ頷きを返した。

「鍵、失くして入れないんだ。あんた、大家の婆さんに連絡して何とかしてくんないかな」

とても人にものを頼む態度ではないけれど、なんせ嫌われたとはいえ一目惚れの相手なので、つい甘やかしてしまう。

「鍵、失くしちゃったんですか……。わかりました。ちょっとお祖母ちゃんに電話してみますね」

さっきポケットにしまった携帯を取り出し、一一〇番を取り消してお祖母ちゃんに電話をする。
けれど、昼間同様に、お祖母ちゃんは電話に出ない。

やっぱり留守だ。
こんな時に何処へ行ってるんだろ。

「あの。ごめんなさい……。電話に出ません……」

私の言葉に、使えねぇなぁ。とばかりに溜息を零された。

なんか望月さんて、性格悪い?

「あの、管理会社の方へは連絡してみましたか?」
「さっきしたけど、営業時間終了で誰も出やしねぇ」
「そうなんですか……」

にっちもさっちも行かない状況だけれど、声をかけてしまった手前、じゃあ、私はこれで。とドアを閉めてしまうわけにもいかない。
そんな薄情なことをしてしまえば、それはそれで更に嫌われる原因にもなりうる。


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