やまねこたち
山猫の仕事



□ □ □



ふっ、と彼は銃口に息をふきつけた。

真夜中の風は冷たくて。
屋上の風は強くて。

白い煙は奥のほうに一瞬で消えた。

「…なにやってんのよ、あほ」
「これ1回やってみたくなるんだよな」

あたしは周りを見渡した。

ついでに、目の前の建物内も目を凝らしてみる。
とくに変わった様子はないようだ。
ある一点を除けば。

彼は白に近い金髪を揺らして、少年のような笑顔で、無邪気に私の頭を撫でた。

「…ちょっと、やめてよ」
「なんだよカレン、照れんなって」

至極。私は照れているから彼の“撫で撫で”を拒否したのではない。


彼の手が、赤黒い血だらけだったから、拒否したのだ。
大体私は、そういう“うれしいこと”は心から受け入れる。

「今晩どうよ?」

金髪は笑って私の髪を触った。

「…仕事が上手くいったら、いいわよ」
「最高」
「あんた、余裕よね。毎回毎回。今回が上手くいくって決まったわけじゃないのに」
「そんな難しく考えんなよ」


彼はけらけらと笑いながら、私の肩を抱いた。
ああもう、血がつく。

「ちゃんと、やったの?」
「さっきみてねぇの?あれはぜってぇ命中だろ。さ、帰るか」

ぐい、と彼はマスクをした。
薬局でもスーパーでもどこにでも売っている、あのマスクだ。

こういった庶民的なところが彼のよさでもあり、悪さでもある。

まぁ、そういう私は顔を隠したりはゼッタイにしない。

化粧が崩れる。


「…そろそろ警備来るんじゃない」
「だから帰ろうぜって言ってんだろ」

彼は余裕そうに笑った。
あたしはジャケットの前をきつく閉めて、下に降りる為に扉をあけた。


階段を駆け下りる。
彼、豹は余裕そうに階段を楽しげに駆け下りた。


「ねぇちょっと、豹。うるさい」
「ばれやしねぇって」

無言で彼を睨み付けるものの、彼は全く気にしていないようだった。


1階まで降りきると、行きに入ってきた裏口の窓はそのまま開いている。

「はい、脱出」

けらけらふざけてるように笑いながら、豹は窓のフレームに足をかけ…ない。
ひょいと外に飛び出た。

もちろん、そんなヘマをするような男ではない。
証拠は残さず、仕事は迅速に。

「はーいカレン、おいで」
「…」

金髪はすでに外に立っていて、あたしを待ち構えている。

「お前の身長じゃ窓にさわるだろ」
「…そんな変わらないくせに、くそ生意気だわぁ」
「はい、悪態つかない悪態つかない」

私は豹に手を伸ばした。
体重を豹に預けて力強く床を蹴り上げると、豹は私を持ち上げて外に出した。


「んー眠い」
「家に帰るまでが仕事だからね」
「はいはいはいはい。わーってるって」

マスクの下で彼があくびをしたのが分かる。
気の緩んだ彼が、服の下に銃を持っているなんて誰も気付かないだろう。


私はカレン。こいつは豹。

通称「山猫」の1人だ。

山猫とは、裏業界で伝わっている私達のチーム名みたいなもの。
こんなかわいらしい名前、誰がつけたのかも知らない。気付いたら、そう呼ばれていたんだ。

私がこの山猫に入ったときだって、いつの間にか名前はできていた。

名称:山猫。
仕事:暗殺。


裏に通じている情報から依頼された時にだけ、私達は動く。
誰にも分からない、完全犯罪なんて計画染みたものじゃない。

翌朝会社に出勤したAが、オフィス内で倒れている社長と秘書に会う。
窓は割れている。
社長の首の後ろは小さな穴が開いている。
秘書は切り傷のようなものが無数。
解剖の結果、凶器は銃弾とナイフだと分かる。

社長は真後ろのビルから狙撃されたものだ、と警察は断定する。
ニュースでこの悲劇が流される。

だけど誰も、狙撃首を掴めない。
証拠が1つも無い。
進入された痕跡も、髪も、足跡も、指紋も全てない。
ただのもぬけの殻。

攻撃された会社に犯人は侵入したのに、何故か犯人が分からない。

正面のビルも、会社も調べても調べても証拠は出てこない。

そして2年3年と経って、忘れ去られて、終わり。


それが、仕事であって、私達はプロだから。


私は海外で隠密に暗殺手段を訓練した。
そして、海外で人手が足りるとなると子供の頃に日本に来た。
所詮子供。能力を買われて、ダディに山猫に入れてもらった。
その時には既に、こいつは居た。

自分の事は全くもって喋りたがらないやつだけど、以前ダディから聞いた事がある。
豹は狙撃のプロだ。

「ひょう」
「なに」

私は彼の金髪を引っ張る。
近づいた唇に、キスをした。

「あそこに公園あるよ。手洗ったら?」
「おう」


私達はルーズだ。
何もかも。
時間も、関係も、言葉も、行動も。

それはきっと、山猫の家に行ったら分かるだろう。


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