やまねこたち
模範的な大人の正反対な大人





□ □ □



頭痛い。がんがんする。飲みすぎたな、昨日。

裸足で階段を下りているあたし、艶子はそう考えた。
がっついたパパのせいではきっとない、と。

冷たい水でも飲もうと、リビングに続く扉を開けた。

「おはよう、艶子」

銃のカタログを片手にソファに座る麻月が、あたしに笑顔を向けた。

「んー…、て、あれ?今日みんな仕事ないの?」

リビングを見渡す。
奥のキッチンに豹、座っている蓮二の膝の上にカレン、麻月と同様カタログを見ているパパ。

「えぇ、珍しい。いつぶりだっけ」
「な、まじで奇跡だよな」

キッチンで水を飲んでいる豹が馬鹿丸出しに笑った。
その水が入ったペットボトルを奪おうとすると、阻止される。

「まぁ、俺らが動かないってことは平和ということだ」
「んぐっ!!!んんん、」

口にペットボトルの飲み口が突っ込まれる。すぐに、水はあたしの口の中に入ってきた。
パパが“平和”なんてらしくもない単語を言ったのを耳で聞き流しながら。

「そうねぇ、できれば毎日平和であってほしいわぁ」

カレンが蓮二に甘えながら、そう言う。

「俺はスリルねぇ人生なんて嫌だけどな」
「お、い!!」

豹がことなさげにコメントしたので、その顔に平手を食らわせてやる。

水が息道に入ってきて、咳き込む。が、彼はその手を面白がって止めようとしないのは知っている。そして、ここに居る全員、またいつものことだと思って彼を止めないのをあたしは知っている。
口から零れて、床とあたしが水でびしょびしょになってもおかまいなしだ。

ペットボトルの水が全部なくなって、豹は手をやっと止めた。

「ゴホ、ケホ…くそ、この単細胞の馬鹿豹!!!殺す気か」
「潤ったか??」
「喉渇いたからってペットボトル空にするやつがあるか!!」

あたしは口元を手の甲で拭った。豹は爆笑しながらリビングに戻っていく。
服も床もべちょべちょだ。本当にあいつは、何も考えていない。
床はそのままに、洗面所へ行ってびしょ濡れになったシャツを脱ぎ捨てる。変わりに、蓮二のTシャツを着た。

「おいガキ、俺が楽しみにしてたワイン勝手に飲んだだろ」
「飲んだけど」

あたしは麻月の隣に座った。蓮二があたしを睨む。
ぐい、と肩を抱かれて麻月を見上げた。彼の視線は相変わらずカタログだ。
身長が違いすぎて、歪になっているが彼は気にしない。

「艶子、この前銃ダメにしただろ」

パパが低い声でそう言った。怒っているわけではない。常に野太く、低い声なのだ。

「ダメにしたって言うか…あれはもともと、蓮二のせいで」
「うるせぇ、俺のせいにすんな」
「今、銃を見ているんだが。希望はあるか?」
「えっとね、豹が持ってるやつとかじゃなかったら」
「おい艶子、俺のイカした相棒を馬鹿にすんのか?」
「違う。お前のはむだにデカいし重たいんだよ!」
「なるほど。じゃあ、カレンと一緒のでいいか」
「うん。ありがと、パパ」

ふと前を見ると、カレンが蓮二にキスをせがんでいた。
蓮二はそれに応える。朝から元気だ。

ぼんやりしていると、今度は麻月があたしにキスをした。
ふわふわの髪の毛が鼻をくすぐって、つい顔が緩んでしまう。

「あー、腹減った」
「豹、あんた作りなさいよ」
「カレンがやればいいだろー。腹減った」

豹は床に寝転がる。麻月からのキスに応えながら、自分の胃袋も空だ、と気付いた。

「ねぇ艶子」
「ん?」

唇と唇がくっつきそうな距離で、麻月は喋った。

「このまましない?」
「無理」

いつの間にか熱心に読んでいたカタログは床に落ちている。

今日はカレンがごはんを作るらしい。豹が嬉々としてカレンの後ろについていく。

「…お腹空いたし」
「ご飯までには間に合わせるよ」

間に合わせるって。
突っ込もうとしたけど、それより早く抱き上げられる。

「おー、行ってらっしゃーい」
「麻月!!おい!!承諾してない」

構わず笑顔で進んでいくあたしと麻月を、手を振って見送る蓮二。

「ちょっと麻月ぃ、ご飯までには間に合わせてよね」
「もちろんだよ、カレン」
「下りて来なかったら、2人の分の飯は俺のな!」

豹の笑い声を聞きながら、麻月は自室がある2階に上がる。

「艶子、いい匂い」

あたしを片手で抱きかかえながら、麻月は部屋のドアを開けた。



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