一般人令嬢は御曹司の婚約者
「途中から居合わせた者ですわ」

一歩、また一歩と、歩を進める。

「親の権力を、さも自分のもののように振る舞って、あなたはいつから使用人を辞めさせられるほど偉くなったんですか。予言しましょう。――人を見下し、正しい判断が出来ないでいると………近い将来、足を掬われますよ」

「っ……か、格下の祝前のくせに、草薙である俺にこんなことして、タダですむと思うなよ!」

御曹司は、怒りで顔を真っ赤にして逃げ出した。

「あんなのが次期当主なんて、草薙の終わりが見えるわ……」

「麻里奈さん、あの……」

「なにも言わなくていいです。事情は何となく察しましたから」

謝ろうとしたのだろうメイドを制し、一礼して本来の目的である食堂に向かう。
これで、使用人達が私に対してあたりが強い理由がわかった。
雇い主の息子に命令されたのなら、断れまい。
でもその内容が――。

「幼稚な嫌がらせ…………………ぷっ……」

的を射た表現で、思い出せば笑ってしまう。
でも、悪いことばかりではなかった。
殴り足りないが、少しスッキリしたし。
けれども。

「私は祝前家に強制連行かしら」

逆らってはいけない家のご令息に手をあげたのだ。
草薙家当主の耳にはいれば、即刻追い出されるでしょう。
婚約者になれなかった私は祝前家には用済みで、どこに売られることやら。

どうせなら、義理父であるマスターの元に帰りたいな。
今まで休んでいたぶん働いて、学校にも行って……。
……あー、ホームシックになった気がする。
マスターはどうしてるかな。
私のことは、近所の人から聞いて、察してくれると思うし、その辺では心配してないけれど。

未来を思い、重くなる足取り。
それでも、時間は全てにおいて等しく過ぎていく。
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