一般人令嬢は御曹司の婚約者
ぬれてであわ
雲ひとつない青い空、爽やかな風。
綺麗に剪定された庭を眺めながら、東屋でコーヒーをひとくち。
クッキーに手を伸ばし、その風味を楽しむ。
ああ、なんて優雅。

ここ最近の時間に追われた生活から抜け出し、ありえないほどゆったりした今を送っている。
理由は、先日の御曹司の突拍子もない使用人解雇宣言。

あわや皆して無職かと思いきや、当主はそれを許す気はないらしい。
御曹司に賭けを持ちかけた。
内容は、2日間使用人に頼らず過ごすということ。
それができれば御曹司の望むとおり、使用人全員の解雇を許すというのだ。

んなばかな。

だが、仮にも社長な彼は無謀な賭けはしないはず。
勝算があるのだ。

御曹司は今まで、何でも使用人にしてもらってきた。
現に、私がここに来てから、御曹司が家事をするところなんて見たことがない。

昨日も、風呂掃除はしないし、料理はできない。
特に料理に関しては、目に余るものがあった。
朝も食パンを少ししか口にしていない。
栄養は足りているのだろうか。
考えても仕方ないことだ。
人間、少々食べなくても生きていける。

そういうわけで、御曹司は生活能力皆無である。
すぐに音を上げることだろう。

音を上げたらどうするか。

降参だと一言伝えればよろしい。

公平な審査をするため、屋敷から使用人は出払っている。
皆それぞれどこかで休暇を満喫していることだろう。

そこで白羽の矢が立ったのが、私というわけだ。
私は正規の使用人ではないから、正しい判断ができると買われての、名誉あるお仕事である。

と言えば聞こえは良いが、ようはタダ働きである。
使用人は公平な審査ができない?
そんなわけはない。
当主が御曹司の世話をするなと言えば、使用人はそれに従う。

まあ、私もこうしてここに残ることが都合が良かったため、甘んじて受け入れている。
実際、こうして優雅にお茶ができるというわけだ。

そろそろ御曹司が帰ってくる時間か。
私はお茶セットを片付け、監視役の仕事に戻る。
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