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     *
「優子しゃん、遂にデビューなんですね!」

出勤してきた雛乃ちゃんは、ケイにあたしの教育係りをまかされた瞬間、そう言って、無邪気に笑った。

お客さんが増えるまでの間、あたしは、高校生だけど仕事では先輩な雛乃ちゃんから、接客を教えてもらうことになった。
フロアのどの辺りに、どんな商品が置いてあるかっていう説明から始まり、レジの使い方とか、接客の基本的心得的な事とか、びっくりするぐらいよく教えてくれて・・・
いつもケイにべったり甘えてる感じの雛乃ちゃんが、実は仕事では、こんなにしっかりしてるなんて、あたしはほんとに驚いた。
雛乃ちゃんが頑張りやさんなのは知ってたけど、ほんとに人は見かけによらないんだなって、そんなことを実感してしまう。
見た目や年齢で人を判断したらいけないんだなって、あたしは、しみじみそう思った。
いつもヤードにいたから、ここのスタッフのフロアでの行動、あんまり知らなかったけど、いざ、表に出てみると、ほんとに、みんな偉いなって感心する。

雛乃ちゃんもすごいけど・・・
あたしが気になってたのは、真帆ちゃんで・・・
ものすごいお譲言葉な真帆ちゃんが、どうやってお客さんに接してるか、あたしは、棚のお洋服を畳み直しながら、こっそり見学してみた。

黒ぶちめがねをかけてジャージ姿で出勤してくる真帆ちゃんは、フロアに出るときは、このお店のお洒落な洋服で身を固めて、そのギャップにびっくりするけど・・・
接客態度には更にびっくり・・・
あの華やかな笑顔でお客さん出迎えて、お客さんがお洋服選びに手間取っていると、さっと行って、お譲風味だけと丁寧な言葉で、コーディネイトを教えたりしている・・・
あたしは、棚の影からそんな真帆ちゃんを見つめながら、「おぉ・・・」とか、一人で感心して唸っていた。
フロアデビューして、たった数時間のあたしには、まだまだあんな風に接客なんてできない。
真帆ちゃんも雛乃ちゃんも・・・
あたしなんかよりずっと年下なのに、ほんとすごいな~・・・
やっぱり、お洋服のコーディネイトとか色使いとか、真面目に勉強したい・・・

うん・・・
勉強しよう・・・

あたしは、頑張ってる二人に思い切り触発されて、そうやって、自分自身に気合を入れてみる。
向いてるかどうかは、わからないけど、あたしも、やれるだけのことしてみたいなって、そう思った。

       *
新城さんがお昼過ぎに出勤してくると、あたしは、新城さんと入れ替わるようにして、ヤードの作業に戻る。
昨日ほどじゃないけど、午後になってお客さんが少し増えたみたいだった。
ケイは、定時に上がれるのかな~?なんて、そんなのんきなことを考えてるあたしだったけど・・・
美保から聞いた大輔の話と、そして、昨夜、ケイが佐野さんとどこにいったのかとか・・・不意にそんなことを思い出してしまって、あたしは、少し、複雑な気分になってしまった。

そうだ・・・
あたし・・・
浮かれてる場合じゃないんだった・・・
ちゃんと、区切りをつけないといけないんだった・・・

そういえば、今日はあたしの誕生日なのに、大輔からは、なんの連絡もない。
朝早くからゴルフ行ったから、メールする暇もないかな・・・?
本当に、大輔にとってあたしは、一体なんなんだろう・・・?

そう思っても、あたしはきっと、まだ、怖がってるんだと思う。
ちゃんと見える平凡な未来の方が、安全に思えるあたしが、やっぱり、心のどこかにいるんだ。
真っ暗な中を手探りで進まないといけない未来ほど、怖いものはないもの・・・
あたしは、生まれてきて26年間、ほんとに、周りの人が照らしてくれる方向にばっかり進んできていたから、その灯りを消して、自分の灯りで進むということを、とても不安に思ってるんだ。
あたしは、やっぱり臆病で、そしてものすごく卑怯なのかもしれない。
どういう選択肢を取るか、まだ、決めかねて迷っているあたしが、今、ここにいる。
このまま、何も確かめずに、不確かなグレーの情報には全部蓋をして、大輔と結婚するという選択肢も、まだあたしに残されている。
黙々と検品作業をするあたしの頭には、色んな思いが駆け巡っていった。

一体、あたしは・・・
どうしたいのかな・・・?
どうすれば、いいのかな・・・?
でも、考えてるだけじゃ、きっと、答えなんて・・・
でないんだろうな・・・

大怪我をする勇気が、あたしには、まだ足りなかった。
すくなとも、この時のあたしには、そんな勇気はなかったのだ・・・

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