犬との童話な毎日

***

枝垂れ桜が優しく風に揺れる夕方。
満開の紅色が仄かに香る。

それともこれは、春の匂いなのかな。

いつ見ても、やっぱり妖精でも棲みついていそうだ。

『もう良いだろう。行くぞ』

間違っても化け犬なんかではなく。

まだ枝垂れ桜を見上げているあたしに一瞥をくれると、止めていた脚をまた動き始める。

あ、まだ見ていたかったのに。

満開の桜が名残り惜しくて、振り返りながら、黒い犬の後を追う。

『沙月は元気そうだったな』

また沙月って。
この化け犬ってば、沙月ちゃんのこと気に入ってるよね、密かに。

「沙月ちゃん、人妻だよ?」

潜めた声で黒曜に話し掛けると、何を当たり前なことを、と黒曜が鼻で笑う。
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