お蔵入り書庫
 
 それは、些細な衝動だったのかもしれない。

 彼からしてみれば明らかな失態。

 彼女からしてみれば思わぬ出来事。

 それでも、事実は事実だ。

 心に刻み込まれて、忘れる事は出来ないだろう。



 橘優翔(たちばなゆうと)には、2歳年上の姉がいる。

 彼女は幼い頃から近所でも可愛いと評判で、学校でもよく噂になっていた。

 そんな姉をもつ優翔は時折、友人や先輩等から姉を紹介しろと言われる事があった。

 その度、将来お前が俺の義兄になるなんて嫌だ、等と自分勝手な言葉を突き付けたりして適当に断り続けていた。

 友人達もそんな風に言われると一瞬躊躇うようで、しつこく食い下がる者は余り居なかった。

 けれどそれは、半分本当で半分嘘。

 彼の本心は別の所にある。





「──あのさ……」

「勝手に開けないでよ! 着替え中だったらどうするのよ!!」


 2階にある自室を出て4歩程廊下を歩くと、ドアノブに可愛らしいピンクのシュシュが巻き付けられた部屋がある。

 ノックもせずに開ければ、お決まりの台詞が飛んできた。

 部屋の主は、優翔の姉である奈留(なる)だ。

 25歳になった今でもその可愛さは健在で、懸命に怒っても迫力なんてこれっぽっちもない。


「もう~、何度言ったら分かるのよ」


 それは、何度繰り返しても一向に願いを聞き入れてくれない弟への常套句のひとつだ。


「次こそ気を付けてよねっ」


 いくら弟とはいえ、勝手に部屋を開けられては堪らない。

 ドレッサーの前に座っている奈留は、ふいっと身体ごと動かして優翔に背を向けた。

 優翔と奈留との距離は1メートル程ではあるが、動くのと同時にふわりと揺れた髪から漂う香りが優翔の心を刺激する。

 微かではあるが、確かに香る甘さ。

 裾にふわふわのレースがあしらわれたスカートと、胸元の薔薇刺繍が印象的なジャケット。

 誰の目からも彼女がこれからデートに出かけるのは明白で。

 綺麗に巻かれた髪も、普段より気合いの入ったメイクも。

 何もかもが彼氏の為に準備されているのだと思ってしまうと、優翔の心にチクリと棘が生まれる。

 ──そう、優翔は姉である奈留が好きだった。

 シスコンと言われようが何と言われようが、その気持ちは変わらない。

 幸いにして、



「姉貴ってさ、彼氏と長続きしないこと多いよな」
「不吉な事言わないでよ~。今回こそは、って頑張ってるんだから!」

 いくら可愛いといえど、そこに極度の天然が入るからかなんなのか、奈留は彼氏と半年以上続いた試しが無い。



……to be continued later!



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