Avarice Deep
- Prologue -



それは突然で偶然の出来事だった、いやもしかすると偶然ではなくて"必然"だ
ったのかもしれない、天災の様に見えて"人災"だったのかもしれない、しかし
事後の今となってはどうしようもなく無意味でどうでも良い事なのかもしれな
い。


5月の中旬、まだまだ春の余韻が残るそんな時期に"それ"は起こった、平均的
な人間が最も好むであろう心地の良い気温、そして最も人間が気を緩めるであ
ろうそんな時期の日本にその"悪魔"は舞い降りたのだ。


例えそれがどんな季節であっても殺伐的な戦場での活動を主としている世界屈
指の傭兵部隊がその場所で臨戦態勢を整えていたとしても恐らく"それ"を防ぐ
事は出来なかったであろうと有したくもない自信で私ははっきりと言葉にする
事が出来る。


私は"それ"あるいは"悪魔"とされる物の正式な名称を知らない、宇宙を生み出
したとされるビックバンの様なはたまた全てを飲み込んでしまいそうなブラッ
クホールの様な、目の前にすれば誰しもが恐怖という感情で凍り付いてしまう
そんな"黒い"何かが街を一瞬で飲み込んだのだ。


なら何故私は生きている?いやそんな事はどうでもいい、兎に角私は生きてい
る、その"黒い"何かが街を飲み込んだ直後、突如として現れたSF映画を彷彿と
させるゾンビの様な得体の知れない何かから必死に逃げ回りつつではあるが確
かに私の命はその鼓動をまだ止めてはいない。


「はぁ..はぁ...」


私の心臓は生まれて初めて感じる死への恐怖という感情のせいかその鼓動の波
を増々強めていく、今日ほど火事場の馬鹿力という物が人間に備わっていた事
に感謝した日はないだろう、こんなにも走り続けた事は今までなかった、マラ
ソン大会にでも出ていれば良かったと心から思う。


しかしどんな物にも限界という物は存在するのだ、私の足は私の意識とは関係
なくその動きの全てを止めてしまった、もう動けない、足が私に訴えてくるの
がはっきりと分かる、この激痛はきっとそういう事なのだろう。


「ちぇッ、ここまでかなぁ...」


私を追い続けた"それ"は私の前に仁王立ちすると腐食し悪臭の漂う両腕を大き
く振り上げる、終わってしまう、私の16年という恐らくは短いであろう人生
があと数秒でその幕を閉じてしまう。


「はぁ...殺すなら優しくしてよね、私死ぬのは初めてなんだから」


ゆっくりと目を閉じその時を待つ、私の全てが終わってしまうその瞬間まで意
識だけはしっかりと保とう、自分を殺した奴がこんなにも気持ちが悪いのは嫌
で嫌で仕方がないけど、きっとそれも神様が私に与えた絶対的な"罰"なのだか
ら。


1秒、もうそのくらいは経っただろうか、いよいよ終わってしまう...。


2秒、ん?随分とゆっくりな殺人鬼だ、そんなに私が死に苦しむ姿を楽しみた
いのだろうか。


3秒、いい加減にしてほしい、いくら"罰"だとしてももっと早く済ませて欲し
いものだ。


4秒、我慢の限界、私は腹を立て勢い良く目を開いた....唖然とはこの事だろ
う、初めてその言葉の意味を理解した気がする。


目の前に"それ"は存在しなかった、いや正確には斜め前に奴は存在し横たわっ
ている、ただしそいつの腹部をその足で強く抑え込み上から冷たく見詰めてい
る一人の青年と一緒ではあるが。


「助かった...のかな?」


それを確信したのはもう少し後の事になる、私は自分の事より目の前で起きて
いる事の方が気になって仕方がなかった、青年の右手には銃と思われる物が握
られている、映画がなどでよく登場するオーソドックスな形だと思う、そして
その銃口は奴の顔面部分にしっかりと向けられていた。


「俺は怒っている」


青年はそう呟く、この状況において限りなく正解に近い感情だと思う、当然だ
家族も居ただろう友人も沢山居ただろう、しっかりとした仕事もしていただろ
う、しかしその全てが一瞬で失われた、憎しみという感情が湧き上がるのは当
たり前の事なのだ。


「俺は怒っている...お前達はやってはならない事を一つした」


「お前達は邪魔をした、壊した汚した踏みにじった...俺の唯一の"娯楽"を」


「日曜日の午後12時50分に心が腐ってしまいそうな程の雑音にも聞こえる
ジャスを流し続ける喫茶店の全く日の当たらない一番奥の席で良い香りなんて
一切しないコーヒーを啜りながら駄作とも取れる小説のプロローグを舐め回す
様に読む...」


「お前達はその"娯楽"を俺から奪ったんだ」


逸脱していた、少なくとも私の知っている人間という種族がこの状況で抱く感
情とは明らかに違う何かをこの青年は有している、この青年にとってこの街の
現状などどうでもいいのだ、彼は悪趣味としか取れないその"娯楽"を邪魔され
た事にのみ"殺意"という感情を抱いている。


「しかしどんな奴でも罪を償う事は許されている、だから償うんだ街の住人に
対してじゃない、俺を対象に償え、俺の娯楽を俺の楽しみを俺の"人生"を汚し
た事に対して...」


『"死"という対価...いや低価を払ってその罪を償え』


火薬の炸裂音がその場に響き渡る、射出で急激に加熱された銃口に土砂降りの
雨が降り注ぎその体温を徐々に奪っていく、青年はまるでそれを子供が壊れた
玩具を泣き出しそうな目で見詰める様にただただじっと視線をその一点に向け
続けている...私の目にはそんな光景がはっきりと映し出されていた。





To Be Continued...
< 1 / 2 >

この作品をシェア

pagetop