忠犬カノジョとご主人様


「八神君……でも、私、八神君の気持ちには応えられない……」

「分かってます。そんなこと。そのうちでいいんです。俺がもっと、大きくなったらで」

「違うの、その……想像もつかないの。海空さん以外の人を好きになる自分が、この先も全く……」

「……わずかな可能性も今切り捨てて欲しいって、ことですか」

「………そういうことに、なる……」

「双葉さんは……、海空さんの、どこが好きなんですか…」

「………分からない…でも最初から、目が離せなくて……」

「だったら、もっと幸せそうにしてください! 俺は海空さんのことで不安になってる双葉さんを、もう2回も見ました」

「………っ」

「その度に俺は……俺だったらって……!」


思わず双葉さんの両肩を掴んだ手が、勢いよく何かに払われた。

そして、双葉さんの体がぐっと後ろにのけぞって、ありえないほど乱れた呼吸が聞こえた。


―――双葉さんを後ろから片手で抱きよせて、じっと俺を睨んでいる海空さんが、そこにいた。


俺も双葉さんも、2人して驚いて、目を丸くした。

なぜなら、あの冷血人間として有名な、鉄仮面の海空さんが、彼女の為に息を切らして、顔を歪ませていたからだ。


「……住所の情報、少ねーんだよ! お陰でタクシーの運転手どれだけ困らせたと思ってんだ!」


あの海空さんが、こんな風に声を荒げるところを、俺は初めて見た。

双葉さんもそれは俺と同じだったようで、ただただぽかんと大口を開けていた。


「ていうか、クルミも! 来るわけないって、俺をなんだと思ってんだ!」

「え」

「俺が怒ってたのは、君がお節介すぎるからとか、そんな理由じゃない。どうしてこんなに分かりやすい好意を寄せている部下と2人きりになったんだってことだ!」

「そ、ソラ君……?」

「大体そんな細腕で男一人支えるなんて……誰かもう一人呼べばよかったんだ。途中でこいつが変な気を起こしたら君はどうしたんだ!? どうしてそんなに考えが足らないんだ。どうしてそんなに俺を不安にさせるんだ!」

「そ……ソラく……」

「こんなものつけさせたって、意味ないじゃないか……」

< 45 / 71 >

この作品をシェア

pagetop