忠犬カノジョとご主人様


ゆっくり唇を離した。

ソラ君の綺麗な寝顔がそこにある。

私は、そっと彼の頬を撫でた。

そして、荷物をまとめる決心をした。


「ねぇ、さよならってどういう意味?」

「え……、んっ」


―――その時、いきなり後頭部に手がまわって、激しく唇を奪われた。

私は突然の出来事に、頭の中が真っ白になった。


「嫌だ、ソラくっ……」


必死に抵抗するも、床に押し倒されてキスをされた。

キャミソール姿のままだったから、フローリングに直に肌が触れて冷たい。

呼吸の仕方を忘れてしまい、どんどん感覚が鈍くなっていく。

脳が痺れるような感覚だけが、かろうじて残っている。


その感覚すら手離しそうになった寸前で、唇がやっと解放された。



「なんで泣いてるの?」

「え……」

「なんで今日オフィスに男と2人で残ってたの?」

「そ、それは……」

「なんで泣きながら俺にキスしたの?」

「ソラく……」

「説明しろよ」



…間接照明の鈍い光だけが、彼の獣のような瞳を照らしている。

私は、そんな鋭い瞳に射抜かれて、動けなくなってしまった。


「クルミ」


でも、その瞳とは逆に、私を呼ぶ声は、少し弱弱しかった。

なんだかその声に胸がぎゅっと掴まれて、堰を切ったように今までの不安が爆発してしまった。


「疲れたの……っ、もう、ソラ君といるの、疲れた……っ」

「……」

「ソラ君みたいな気分屋エリート、もう付き合いきれないのっ…」

「……」

「もう、ソラ君に対して従順でいられる気がしないの」

「……誰が俺に従順でいろなんて言った」

「……へ」

「俺が言ったこと、一々真に受けんな」

「なっ」

「好きで一緒にいるんだから、言い返すくらいのことしろよ。嫌いにならないから」

「……え」
< 9 / 71 >

この作品をシェア

pagetop