彼方の蒼
「都会にならあるんだろうね。音楽で有名な学校かあ。考えたこともなかった」

「そうなの? ピアノ好きなんでしょ?」

「じゃあ聞くけど、惣山くんって美術部だったっけ? 絵が好きなんじゃなかったの?」
「倉井先生目当てで先生が顧問をやっていた卓球部に入ったけど、本当は絵が好きで絵心もほんのちょっぴりある少年なんだ」

「変なの」
 内山が笑う。
「高遠から毎年何人か音大に進んでいるって、ピアノ教室の先生が教えてくれたの。先生は高遠で音楽を教えている先生の先輩にあたるんだって。だから、道はこっちであっているはず」

 道はこっちであっている、か。
「いいね、その言いかた」


 人の発言でも自分のものでも、どんぴしゃりの言い回しが決まったときの快感ってある。
 カンちゃんといるときにそれはよく出るんだけど、まさかこのタイミングで内山から聞けるなんて思わなかった。
 内山、侮りがたし。
 ほくほくしながら、隣の内山に目を移す。 
「話ができてよかったって気分になった」



「あの、あのね」
 特別教室棟に差し掛かるところで、内山の足が止まった。僕もつきあいついでに立ち止まった。
 購買部とも体育館とも離れているこのあたりの廊下には他に人気がない。

「告白? もしかして恋の告白ですか!?」

「違うってば」

 僕がおどけてみせると、内山はむきになった。
 抱えた楽譜で口元を覆いながら、目を逸らしてぼそぼそと話しはじめる。
 恋ではないものの、告白には違いなかった。

「このあいだは嫌な話を聞かれちゃったな、と思って」

「うん。あのあと、気が荒ぶって大変だった」

「そ、そうなんだ」
 萎縮する内山。
 ボブカットのサイドの髪が流れ、顔が隠れてしまう。
 そうだ、内山は怖いの苦手なんだっけ。

 このままじゃいけないと思った僕は、カンちゃんの言葉を借りることにする。

「僕みたいにいつも思ってるまんま口にするほうが稀で、たいていの人は内に秘めているんだって。だから、僕のフォローは大変なんだって」


 安全確認が取れたのか、内山は楽譜の上からそっと双眸を覗かせた。
 しかも僕の心配をしてくれているようだ。

「あまり体は張らないほうがいいと思うから」

「以後気をつけます。高校からはカンちゃんと別々だしね」

「そうなんだ」

「内山も、堀柴サンと離れるから淋しくなるね」

「うん」
 内山はもう楽譜でのガードをやめていた。
 僕はというと、淋しいとただ頷かれただけなのに、素直さに打たれて優しい声のひとつもかけたくなっていた。

「あ、淋しくない淋しくない」
「ん?」

「君らは淋しいことにはならないって、とある人が断言してたよ」

「とある人? 誰だろう」

 堀柴サンだとは言わないでおく。
 君らの友情を信じるから。
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