彼方の蒼
「父さんがさ、納豆好きなんだよね」

「小粒の3個パックのを買ってる。四角い発泡スチロールの入れ物のやつ」

「冷蔵庫に入っていないと、すげえ怒るんだ。いつも家にいないくせに、帰ってきたときにないと、買いに行ってこいって」

「夜中とか関係なく、僕が寝てても、背中に蹴りとかかますんだ」

「米はなくてもいいから、納豆だけは切らすんじゃねえって、普段はしゃべらないくせに、うるせーうるせー」

「だから、ひとつは必ず取っておくんだ。納豆なんて、好きでもないのに」

「母さんは大嫌いだから僕が食うしかなくて」

「けど、いくら取っておいても、父さんは帰ってこないし、賞味期限は切れるし、しょうがないから1日とか過ぎたヤツを食って」

「あんまりうまくないな、やっぱ期限切れたせいかなって思ったりして」

「うっかりしてると3つとも腐ったりするし、ないと思って買ったら冷蔵庫の奥のほうにあったりするし」

「なんで好きでもないのに、納豆のことを父さんより考えなきゃならないんだとか」

「だけど同じテーブルで一緒に食ったことはなくって、それでもきっと父さんは僕のこと納豆好きだと思ってる」

「納豆なんか今どきアメリカでも買えるのに、家に帰るたびに納豆納豆騒ぐっていうのはどういうことなんだか」

「父さん本当は僕らに会いに帰るんじゃなくて、いや、そもそも『帰ってきた』という感覚があるんだかないんだか」

「そんで……」
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