彼方の蒼
『愛』という言葉の重みに負けたくなかった。
 使い慣れない言葉。でも、いちばん僕の気持ちにふさわしい言葉。決意の言葉。

 できれば、こんな男に向かって言いたくなかった。

 案の定、石黒はそれを鼻で笑った。
「君はまだ中学3年生なんだよ。14、5才か? 愛やらなにやら言ってみたい年頃なんだ。気持ちはわかる。俺もそうだったから。……今はわからなくとも、一時の気の迷いだって、あとになってわかる」

 僕は殴る相手を間違えていた。
 カンちゃんごめん。こいつを殴っておけばよかった。
 もう体力ないからそれができなくて悔しい。

「僕はあんたと違うよ。先生の子供があんたと血のつながりがあっても、愛していけるって言ってるんだ。倉井先生の子供だって思うだけで、気持ちが温かくなるんだ。きっとうまくやっていける。歳とか関係なしに」

「俺には責任がある。それなりに報いようと思っている」
「堕ろさせるつもりかよ」
「堕胎なんてしない。俺が家族になってやるつもりだ」 
「あんたは自分に酔ってるだけだ」

 がまんなんか、することない。
 一度はこうしてぶつかっておくべき相手だ。
 やれるかどうかはともかく、気持ちだけは諦めない。それでも――。


 ごめん、カンちゃん。それに、堀芝サン。
 ふたりが放課後つきあってくれたのに、もしかしたら僕、だめかもしれない。
 進学、だめになるかもしれない。


 僕は立ちあがって、言ってやった。
「あんたが気にしているのは、世間体だけだ。それに倉井先生も、お腹の子も、あんたに家族にしてもらおうなんて思ってないよ。なってやるなんて言われても、迷惑だし」
 石黒が笑いそうな気配があった。かまわず、続けた。
「あんたじゃ役者不足だ」


瞬間、信じられないことが起こった。
石黒が僕を殴りつけた。
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