彼方の蒼
 だけど――僕は、インチキ手品師みたいに携帯を目の高さに掲げ、一瞬の溜めもなくそのボタンを押した。

「あ」
 カンちゃんが渇いた声で呟いた。

「消しちゃった」
 僕は鼻から息を漏らすようにして笑ってやった。
 緊迫ムード? そんなの知ったことか!


「だってさ、今、僕らはここにいるんだ。話せばすむことだよ。メール読む間も惜しんで駆けつけたんだから、それくらい、わかりやがれ」

 使い慣れない言葉でそう言ってやったら、カンちゃんも言い返した。
「せっかく打ってやったんだから、読みやがれ」

 どっちもどっち。僕らは笑った。
 

 もしかしたらこれっきり絶縁関係になる可能性もあった。
 けど、これならだいじょうぶ。
 相手の話に耳を傾ける余裕がカンちゃんにも僕にもある。


「やっぱりあれだね」
 ほっとしながら携帯をしまい、僕は言った。 

「僕はひとりでいる時間が多くても全然辛くないけど、まるっきりひとりぼっちになるのはきついや。カンちゃんいてくれてよかったなあ」

 カンちゃんの頬がピクリと動いた。
「おいハル、それじゃ別におれでなくたっていいんじゃねーか!」 

「それはないよ」
 すかさず僕は言った。
「それはない」

 乱闘中の僕らの発言を、堀芝サンからすでに聞いている。
 僕が言っていたことだけじゃなく、カンちゃんのも、みんな。
 
『おまえはいつもそうだ。いつもいつも肝心なことを言わない。全部抱えて』
『頼れよ。おれを利用しろよ。おれはなんのためにいるんだ』

『離れても平気って顔して。隠し事なんかするなよ』

 ――僕はそう言われたらしい。


 申しわけございません。
 なにひとつ記憶にないです。
 あのときの僕は別人になっていました。

 僕は堀芝サンから伝え聞いたことを、カンちゃんにさらに伝えた。

 カンちゃんは自分の言ったことをこと細かに憶えていた。

「堀芝はICレコーダーいらずだな」
「……だね」 

 全部聞こえていたのなら、カンちゃんの言葉は堀芝サンにとっても聞き捨てならないものだったはずだ。
 堀芝サンだって、友達と離れても平気って顔、してるから。 

 倉井先生と寝たことも話した。
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