印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年2月3日 また雪。
ビルの谷間真っ白。夜中降ってなかったのに。
でも昨日より暖ったけえ。ヒーターも直って快適。

雪でも店は忙しい。もう12日間休んでねえ。
日本人ビジネスマンの接待食事に俺も貢献してるってわけだ。



2月4日 やっと休みとった。
でも外出はできねえ、金貯めなきゃ。

昼起きてシャワー。洗濯、掃除そんで手紙。
ミセスケン、お袋、軽音の奴等、ヒッチ仲間。 
日本、ロンドン、ミネソタにもフロリダにも書いた。
大将にはインド大使館へ出した。
皆の顔や出来事思い出しながら、幸せなひとときってやつ。

入れ替わりの激しいドヤ暮らし。隣にゃ新入り。
段ボールに寝袋でいびき、寝返り、寝言に歯ぎしり。
まあ、文句は言えねえ。俺もそうだったしな。

皆いい奴等なんだけど、時には邪魔。俺の悪い癖だ。
落ち着くところ探して、昼寝は1201、飯は902とか
自分の部屋は寝るだけになった。

まあ3カ月居れば大体は面知ってる。
気分転換にそろそろ部屋移るかな。

712でひとり多いって言ってた。
そいつを俺の代わりにここに入れて、前に大将の居た902
に移ることにした。今までバストイレは共同で各階2か所。
そのうえ風呂は壊れてる。
部屋満員の時バスタブに寝てた奴も居た。

でも902はバストイレは部屋の中。
6畳ちょっとで落ち着くし、相方も年上で4人。
部屋代は1ドルも変わらねえ。古い汚ねえのは変わらねえけど。
リュックひとつが全財産。 引越しは10分で終わった。


その夜、11階は最後。皆と飲み始めた。
再来週は南米でリオのカーニバルがある。
祭り目当てで指輪と草で稼ぎに行く奴もいる。

北欧で嫁さんもらって暮らしてえとか、
即席ラーメンでどんぶり要らねえのが出たとか、
紅白歌合戦観に行こうとか・・・

ウイスキー飲んで草でもやるかって、夜中2時すぎ
ゴン! なんだ、だれ? 開いてるよ。

プリンス開けてよ。

ドン! ドサツ! 茶色のコートが倒れ込んだ。

うお、なんだ! Mさんじゃねえか。どしただいじょぶか。
おいしっかりしろ。 Mさん! 

やべえぞ、救急車呼ぶか。 いやダメだ。 
7階行ってスーさん呼んでこい。

よっし、呼んでくる。

Mさんだいじょぶか、しっかりしろ。
そこ、寝袋敷け。静かに寝かすぞ・・・スーさんが来て手当。

「骨折はないね。怪我だけだから治るよ。病院行ったほうが
いいけど・・・歯は1本折れてる。肩は湿布薬だね。
あとでもってくる。目と顔は冷やしたほうがいい」

さすがドクタースーさん、ひと安心。
しかし、どしたんだ。

Mさん、顔も口髭も血だらけ。相当やられたな。

「うう む ううう うう・・・」ダメだ。全然わからん。 
口がきけねえ。左目はお岩状態。唇はめくれあがって、
シャツも血まみれ。ストリートファイター状態。

「とりあえず、寝かしとこう」スーさんすいませんでした。


一体どしたんだ。 お前なんか知ってる?知らねえよ。 
Mさんたまに一人で出掛けるしな。

しかしこれでよく部屋まで帰って来たな。
しばらく寝かしとこ。顔と手の血拭いてやるか。

バケツの水が真っ赤になって朝になった。
Mさん、目開いた。 おい どした!

「あーえー」痛いって。
「あ」歯だって。
「え」目だ。

まだ寝かしとけよ。プリンスあと頼むな。

仕事から帰って様子見に行ったら、目の腫れはもっとひどく
なって腫れ上がちゃって、眼帯もムリ。
唇は少し良くなった。 一応、少し笑顔は出る。

いきさつはこうだった。
向かいのピザ屋で一人で食ってたら、若いイタ公が来て
意気投合して一緒に飲んだ。 
もう一軒行くかって店出たら、奴が強盗に変わった。

腕づくで路地に連れ込まれて時計盗られた。
金も80ドルやられた。

Mさん、回らねえ口で泣きながら

「俺、人間信じてたのに、情けない。俺、人間好きなのに、 
一緒に飲んでたのに・・・」 

Mさんはおとなしくて真面目。
ヒッピー風でもなく、芸術家風の30代。 
北なまりで誰にも好かれるおじさん。
だからよけいやられ易いかもしれない。

クマさんが「Mさんだいじょぶか。元気になってよかったよ。
これに懲りて、もうお人好しもいい加減にしないとな。
殺されなかっただけよかったくらいだよ」 

おお、結構手厳しい。 南米や各国行ってるクマさん。
でもクマさんの言うことホントだ。皆そう思ってる。
NYじゃ、Mさんの心は通じねえ。

それから2週間、やっと顔が戻ったMさん。

「俺、今でも人間信じてる。でももうNY出るよ。
ヨーロッパ行きたい」
 
顔つきも喋り方も変わっちまった。ショックだったんだ。 
何が起こるかわかんねえニューヨーク。やばい所だ。
このNYが異常なんだ。まともな心は通じねえ。


翌日、早番で帰ったらプリンスが紅白観に行こうって。 
あの大晦日のやつNYで見れんの?

東京ハウスってとこで16m演るって。

ヒマだし付き合って行ってみたが、年寄りの在米日本人が
拍手して・・帰ろうぜ、俺等の来るとこじゃねえ。
・・・なんか変な気分だ。

2月6日(火) 店休んだ。なんかやる気がでねえ。
 
ヴォイス買ってドラム募集見ても、燃えねえ・・・ 
なんか、気が抜けてる。

ブロードウエイぶらつきながら思う。

NYは最低の街だ。でも稼ぎは最高だ。金金金・・・。
 
帰る! これ以上居たら何しでかすかわかんねえ。
何されっかわかんねえ。 ロンドン帰るぞ。

電光掲示板は40度。随分暖ったかくなった。潮時だ。
JALのオフィスに入る。

「去年暮れからロンドンまでは飛んでません」

ばかやろー、そんなの知らねえぞ。
パンナムに行って金曜の夜7時のフライト予約した。

もうロンドン帰るぞ。よし仕事やめだ。

店に給料取りに行って、訳話して現金でもらった。
なんとか千ドル貯めた。これ以上欲張るのはやめた。



ピザ屋入ってビール飲んで一服。 
10月にNY来て初めて入った店。
アディオスだ、ニューヨ-クに乾杯。じゃねえ完敗だ。
ロンドンに戻ってゆっくりしてえ。

大将が言ってた。
「ここはアメリカじゃないニューヨークって国だ」

そうかもな。 良いも悪いも世界の吹き溜まり。

日本にゃ居ない日本人に会った。 世界は広い。 
みんなありがと。 俺りゃロンドン帰るぞ!






< 42 / 113 >

この作品をシェア

pagetop