印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」

ニューヨークさらばじゃ

1973年2月9日。ケネディ空港。

春まで居てごっそり貯める予定が3か月でドロンだ。
根性無しが・・・ったく。

結局、帰るロンドンあるしロンドンだって嫌んなりゃ
帰る実家も日本にあるし。 甘ったれてんだよな俺。

バンコー猛者の爪の垢、かけらもありゃしねえ。
皆頑張って夢捨てずにしゃかりきでやってるってえのに
俺りゃ何やってんだ、いったい。ばかめ。

日本出る時だって、結構いい調子でバンドやって、
いいレールに乗っかってたじゃねえか。
それが急に俺ロンドン行くぜって気まぐれ。
最低だな・・・サディスティックな俺。
自分をとんどんいじめます。グイグイ。

 
まあ、このニューヨ-クはほんとに強烈だった。
バンコー住人は最高最強。NYにあんな日本人が居るって、
想像もしなかった。

夢を追ったら離さねえ。何があってもあきらめねえ。
何がそうさせた・・・情熱か若さか。

あのゴミためみてえな所で、腹すかせて眼ギラギラさせて、
学歴も年齢もかんけーねえ。本物だモノホンだぜ。
俺・・NYに負けちゃった・・・うーん腹へってきた。


5時半。 出発まで時間はあるが金はねえ。
拾った新聞読んで一服する。 ロビー見渡せば客は少ねえ。 
まして日本人は居ねえ。この寒い日に旅行行く奴あ居ねえ。
しかし、だだっぴろい殺風景な空港だぜ。
空港に政治家の名前を付けるって、日本人じゃいねえな。

しかしあの人種差別感覚はどうだ。
肌の色、髪の毛、外見や言葉で差別する。
街だってチャイナ、イタ公、ロシアってみんな別れて住んで、
アメ公より生活は下。移民の多国籍の多民族の国。

差別はあたり前か。黒人差別はまたとんでもねえ。
奴隷は歴史だけじゃねえ、今のNYもそうだ。
黒人優位は音楽だけだ。

そのうちあいつ等、怒るぞ、爆発すんぞ。っひっひ
ま、俺にはわかんねえアメリカだ。あーあ

髭の兄ちゃんが俺の横に座った。
風体はタビニン、草でも売りに来たか。
リュックにでかい楓の葉っぱ、カナ公だ。
フラ公なまりの英語で「火 かしてくれ」
 
俺、sure

「なんだ喋れんのか」って、今度はいきなりべらんめえ英語。
こいつらの舌は何語でもOKか。

でも漢字は書けねえ、箸は使えねえ。 へっへ
こんな2mの毛むくじゃらが19だって。何食ってんだ。 
お前等大陸野郎は馬に近い。悪い奴じゃなさそうだが・・・。

「どっから?」

日本だ。

「そうか俺は・・」

カナダだろ。

「おお、カナダは日本でも有名か」

ばーか、そのカエデマークでわかるじゃねえか。

「カナダは20歳までに外国行くと国が金くれんのよ」
 
ええ、ほんとかよ。なんてえ国だ。

「若者の見聞を広める為、政府の援助一人500ドル」

なにい!っへ。 そんでその金で草やってバチあたりめ。

「でもひとつだけ条件がある」
 
利子付けて返せって言うんじゃねえの?

「うおっほ、違うよ。リュックに国旗つけることだ」
 
なにい! お前んとこの大統領どうなってんだ。 
俺もカナダ人になりてえぞ。 っはっは

「はっは! オーノー、大統領は居ない」

うるせえ、大統領もいねえ国の苦労知らずのカエデ野郎め。

奴にケベックって民族、初めて聞いた。
奴は日本てどこにあるか知らなかった。
奴は頭は悪くねえが知識はねえ。
奴は馬には乗れるが畑は耕せねえ。ぐええ


6時半。パスポートチェックは3箱しかない、すいてる。
エイリアンに3列、ドメスティックに5列。

ガム噛んで隣と喋りながらパスポートにハンコ押す税関野郎。
日本じゃお前みたいな奴は、即ビークだ。
俺は入国税払った客だぞ。 

礼儀作法なんて言葉はこいつ等の辞書には無い。
寿司にケチャップつけろって言う奴に、 
テンプラの中身だけ食う奴に、テーブルに足乗っける奴に、
お釣りを足し算で勘定する奴に、靴で部屋ん中歩きまわる奴に
日本の作法なんかわかりゃしねえ。

でも・・・憧れちゃったんだな・・このアメリカにさ。
バカでかい冷蔵庫や広い庭、音楽や映画やブーツ革ジャンに。 

来てみりゃがっかりも多いが・・・ワクワクもある。
やっぱり来て見て触ってってことかな。


パンナム機は結構でかい。 エコノミー客は荷物扱い。
アメ公仕様で俺にはでかい。 ただ態度はよくねえ。
スチュワーデスはガン飛ばしながら飯を勧める。

空いてるからどこでもいい、三人掛けのアイルに座る。
自由の女神が見えるって大将が言ってた。
空から見たことねえし、見てやるか。

誰も居ねえから気楽・・・じゃなかった。
窓際にアメ公の親子が乗り込んできた。邪魔しやがって。


7時、飛んだ。 NY最後の夜景これが見納め。
ガキの頭越しに窓を覗く。まさに空から降ったような摩天楼。

おお自由の女神さんだ。これを灯台に移民が来た。
フランスがくれたって、クイーンズのカッさんが言ってた。

ひと旗挙げようって、出稼ぎ集団が命がけで来たんだ。
俺はひと旗も挙がんなかったが、人生観変わっちゃった。

「日本人ですか?」

親父が日本語で言いやがる。ひとが思い出に浸ってる時に。
めんどくせえ野郎だ。

no I’m from Vietnam  どうだこの野郎。
お前等が手こずって戦争してるベトナム人だぞ。

案の定 愛想笑いだけで終わった・・・目つぶって
色んな場面が浮かぶ。

たった3カ月だけど長かった。1年くらい居た感じ。
忘れらんねえ事ばっかりだ。あれもこれも、あいつもこいつも、
あそこもここも・・・。

あいつ等、ひとりくらいでかい夢つかむかな。
俺は落ちこぼれたけどさ、みんな頑張ってくれ!

知らねえ間に寝てた。誰か俺の肩たたく。 
夢か?また隣の親父だ。なんだようるせえな。

通路に制服のおやじ、メニュー指さして俺の顔見てる。
パンナムに女は居ねえのか。無愛想な男が色気のねえ。

フライドライスとウイスキーくれ。

前席の背中から出したトレイにスチュワードが無言で乗せる。
パラパラと艶のねえ湿り気だけのライスか。
箸じゃ食えねえ、シャベルが要る。

飯より入れ物の銀紙の方が熱い。変わった飯だ。

「コーヒーにしますか、お茶ですか?」

ウイスキーコークお替わりくれ。

コーク割したもんだからゲップが・・ゲーッホツ
隣で親父がクスッと笑う。

俺も笑い返すが、ちがうよ。すいませんじゃねえよ。
お前等みてえに、人前でズルズル鼻かむのがよっぽど失礼だ。
ゲップなんかなんでもねえ。俺りゃ日本男児だ・・あ 
ベトナムだったか・・・。

10時。スチュワードとスチュワーデスが一斉に窓の
シェイド閉めて回る。なんだよ女も居るじゃねえか。

スペシャルクラスはスチュワーデス。俺等安いエコノミーは
むさい無愛想な男か。 金持ちにはすげえ甘い差別のアメリカ。

隣のおやじ、今度は新聞だしてシートのライト点けやがった。
もう11時だぞ、寝ろよ。
ライト点けたまま寝ちまいやがった。腹立つ飛行機だ。

2月10日(土 )朝6時40分
煙草ダメ、トイレダメ、シートベルト締めろのダメランプ点灯。

英語とスペイン語で着陸アナウンス。
別にスペイン人がいっぱい乗ってるわけじゃねえ。
アメリカ移民の大半はスペイン語だからだ。

2回バウンドして、明け方のヒースロー空港。
なんとか着いたな。10時間以上乗った。

体、カチカチ、ケツもカチカチ。 うええ~


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