紫の花、青の出会い


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「うぁぁぁぁぁ、面倒くさいぃぃぃい」


翌日のお昼休み。


私は昨日忘れた課題を杉山に見張られながらしぶしぶやり続けていた。


課題未提出の常習犯の中でも特に提出率が悪い私は今回ばかりは流石に先生に見逃してもらえなかった。


それもそのはず。


だって私、学年あがってから一度も提出物なんてものを提出してないから。


「おまえがやってこないのが悪いんだろ」


杉山が呆れたようにそういった。


「存在自体忘れてるものをどうやってやれっていうのさ」


私はジト目でそう返す。


「忘れるお前が悪い。」


「それ、きのせい」


「おまえなぁ…」


顔をしかめながらも杉山は私の愚痴に付き合っていた。


杉山はいつも昼休みに教室にいるということと私の隣の席という理由で先生から私が逃げ出さないように私の見張り役を言い渡されたようだった。


課題をやっている私の隣で、ずっと本を読んでいる。


手には私が貸した「ことりになったへのき」。


昨日家に持ち帰って読んでいたのか大分ページが進んでいる。


…今、どこらへん読んでんだろ。


なんか嬉しかった。


『ことりになったへのき』は気に入っている本なのに知っている人が周りに誰もいなくて、寂しかったから。


この本はもっとみんなも知るべきだと思う。


へのきという木は、人間に置き換えれば普通の人だった。


でも戦争が起こって爆発や火災に巻き込まれて幹の一部を抉り取られてしまった。


自分の体の一部を、抉り取られてしまった。


痛い痛いって泣いても、へのきは人じゃないから


“木”だから


誰もへのきの叫びに気づかない。


油の雨を浴びて黒く染まった体を洗ってくれるお母さんもお父さんもいないから、家族がいないから、ずっと…一人で真っ黒な時代を耐えて。


必死に生きて、一人で生きて。生きた。


戦争が終わって時が経って周りは見違えるように変わっていった。


へのきは生まれ変わった町の中で一番古い木になった。


大きな木に。


抉り取られた幹はそのままに。


抉れている部分にはゴミが溜まっていった。


ペットボトルや空き缶、紙くず。


人間が捨てたゴミ。


人間が、へのきを傷つけた。その挙句へのきをゴミ箱にした。


へのきが抵抗出来ないことをいいことに。


へのきの叫びが聞こえないことをいいことに。


そしてあるとき誰かが言ったんだ。


この木は、戦争前から生きていた偉大な木なんだって


だからへのきを大事にしようって。


へのきは、英雄になった。


木として寿命が尽きようとしているへのきを切り倒そうと誰かが言った。


切り倒したへのきの幹の一部から、コカリナを作ろうと誰かが言った。


コカリナになったへのきは、今も英雄として


戦争の痛みと平和の優しさを教えてる。


コカリナとして。


一見するといい話。


でも、前にこの本を貸した人はこう言ったんだ。


『人間のご都合主義がいいように書かれていて反吐が出る』


誰が言ったかは覚えてない。


私より年上の人、というのは覚えているけれど。


杉山はその本を読んでどんな感想を言うんだろう。


何を感じるんだろう。


私は、へのきはとても頑張った。優しい子だって思った。


へのきのコカリナはきっと優しい音を出すんだろうなって思ったよ。


コカリナへ生まれ変わらせようと言った人はとても素敵な考えを出す人だなって思ったよ。


初めてその本を読んだときは、読んでいてへのきの痛みや悲しみの叫びがあまりに生々しくて何度も本を閉じかけた。


それでもへのきの物語を最後まで知りたくて一生懸命読んでいた。



杉山…ちゃんと、最後までへのきの物語を読んでくれるかな。



ちらちらと杉山の読んでいる表情を盗み見ては、不安になった。


杉山が自分の好きな本を嫌いになってしまわないかと。


だって、杉山が『ことりになったへのき』を嫌いだと言ったら私も杉山を今以上に嫌いになってしまいそうな気がして。


い、いや既にもう十分気に食わない奴だけど。


今以上に嫌いになった奴と隣の席って考えたくないだけで、杉山に好感なんてもんは元々無い。無いから!


うああ、私は誰に言い訳をしてるんだっ


杉山の方へ一瞬だけ視線を向ける。


本に集中してるみたいだった。


「……っ。なんだよ」


え?


杉山が頬を少し赤くして睨むようにこっちを見た。


あれ、もしかしてちらちら見てるの気づかれてたかな。


「や、別に」


「はぁ…?まあいいや、終わったか?課題」


「いや、まだだけど」


「なにやってんだよ。おっせえな」


「この時間はうるさいから集中できないのー!」


「家でやってこねえからこんな時間にやることになんだよ。馬鹿だな」


「う」


そりゃそうだけどさ。課題があること自体忘れちゃうんだもん。


しょうがないじゃないか。




まぁ…覚えてたとしても、家じゃあ出来ないんだけどね…


胸の中にふっと重い影が落ちる。


また今日もあそこに帰らなくちゃいけないんだ。




時計を見る。




休み時間はあと五分で終わる。


そこから50分の五時間目の授業があって、HRのあとはすぐに下校だ。


私の大嫌いな、下校の時間だ。


「……。なんでそんな落ち込んでんの」


えっ


そんなに落ち込んでるように見えたかな。


やばい。杉山に弱い奴とか思われたくない。


絶対馬鹿にされる。


「別に。休み時間中に課題が終わるか心配なだけだし」


「ふーん、じゃあ…しょうがねえなぁ。一応、応援だけはしてやんよ」


杉山は自分の髪を片手でくしゃりと掻いてそういった。


「え!?あ、ありがとう」


予想外の杉山からの言葉に思わず戸惑ってしまった。


超上から目線だったけどそこはあえて気にしないでおこう。




もう余計なことは考えないではやく課題終わらせよ…。





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