聖魔の想い人
林の中に、ひとりの老婆が立っていた。ひわだ色の、生地の薄い衣一枚だけを身に纏った、この時期にしては寒々しい格好をしている。

日に焼けた肌は鳥の足のようにしわがより、白髪が好き放題に伸びた、猿のような老婆だ。

横に広がった鼻、大きな口、鷹のように鋭い光を秘めた薄い鳶色の瞳、その顔は、初めて見た者をおののかにさせるに充分だったが、その人と深くつき合えば、嫌う者は少ない。

彼女は、<大呪術師ローダ>の通り名を持つ、呪術師だった。

その世界では知らない者はいないといい程有名な呪術師で、滅多に人前に姿を現さず、彼女と比較的親しい者でも会えることは稀だが、必要な時は必要な場所に必ずいる。

そして今、この場所が、ローダがいるべき時、場所だった。

ローダは林に佇んで、じっ、と一本の木の影を見つめていた。何のへんてつもない、ただの木だ。

ーいや、その木の影だけが異様に暗かった。まるで、そこに、何か別の物が重ねられているように。

ローダは、何かを確信したようにくっ、と頷き、その場に胡座をかいて姿勢を正し、手を組み合わせた。

そして、すうっ、と大きく、深く息を吸って、まるで永遠に息が続くかのように、長々と吐き出し始めた。やがて、その息を吐く音に、言葉が混じり始めた。

「…神の住まう所<神界>に住まう者よ。火・水・風・木・地に属する者、いずれにも属さぬ者よ、こちらとあちらの境にて、我と語れ。我、人の住む所<我界>に住む者なり」

息つぎもせずに、ローダは続ける。

「<聖魔>の、こちらでの時が終わり、そちらでの時が始まる<聖魔還し>の方法を我に教えてくれ」

ローダがその言葉を言い終えると同時に、辺りが急に暗くなった。その場所にだけ、日の光が届かなくなってしまったかのように。

すると、先程ローダが見つめていた木の影から、青く光輝く人影が現れた。その姿は朧で、どこが顔でどこが腕で足なのか分からぬ程ぶれている。

しかし、確かに、それはそこにいた。
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