西山くんが不機嫌な理由
「あぁ、もう。分かった分かった。今度水あめ買ってやるから。な?」
「…………」
「む。水あめは飽きたってか?それじゃあ板チョコでどうだ」
「…………行きます」
「よしきた。場所はこの前と同じだから覚えてるだろ、つい先週のことだったしな」
満足げに笑う担任に小さく頷く。
やはり、予想通り欠席した1組の生徒は間違いなく凪を指し示している。
「よしきた。それじゃあ宜しくな」
やけに分厚いノートをこちらに押し付け、凪の住所が記してあるというメモを追加で渡されることはなかった。
特別方向音痴とかいうわけではないから、方向性くらいは頭に入っている。
駅から出て、記憶を頼りに道を進んでいく。
自宅からそう遠くはない距離にある目的地。
半ば意識は眠りつつ、ゆったりと足を動かす。
いくら凪に会えると思ったところで、弾む歩調には進展しないらしい。
と。
「おばちゃーん!アイスちょーだい。ポッキンアイス!!」
近所の70過ぎのおばあさんが経営している小さな駄菓子屋を通り過ぎる際に、中から聞こえた幼い女の声に足を止める。
まさか、こんな過去をまるまる切り取って現実に持ってくることなど有り得ることなのだろうか。
微かに高まる動揺を抑えつつ様子を窺えば、買ったばかりのアイスを美味しそうに頬張る、丁度踵を返してこちらを向いた女を視線が交わった。
隠れて息を呑んだのは、ほんの一瞬の出来事。
数で表して3m先に立っている女は、俺の探し求めていた人ではない。
無邪気な明るい声色からして予想していた通り、小学校高学年くらいの年の女が、興味なさげに視線を逸らしてその場から歩き去る。
凪の姿は、そこにはなかった。