恋のはじまりは曖昧で

「そっか。俺から総務の人に伝えておくよ。じゃあ、出ようか」

そう言うと私の手を握り直し、スマホの明かりを頼りに歩き出した。
田中主任に掴まれている手が熱い。

こんな風に異性と手を繋ぐという行為をしたのはいつぶりだろう。
確か小学生ぐらいの時に海斗と繋いだのが最後だったような気がする。

「あ、あの、手が……」

「あぁ、ごめん。暗いから何かに躓いても危ないし歩き辛いかなと思って。嫌だった?」

「いえ、嫌ではないですけど……」

「嫌じゃないなら、出るまでこのままで」

繋がれた手がどんどん熱を帯びたように感じ、恥ずかしくてどうにかなりそうだった。
でも、この暗い資料室の中で私が頼れるのは田中主任の手だけだから、私は素直に従った。

資料室のドアを開けると、廊下の電気の光が眩しく感じた。

「じゃ、気を付けて帰りなよ。俺はまだ調べ物があるから」

「はい。ありがとうございました。お先に失礼します」

「お疲れさん」

ふわりと微笑み、右手を挙げる田中主任に向かってお辞儀をした。

田中主任は本当に優しい。
今回は偶然だったけど、私が困っているといつも助けてくれている。
そのたびに、私の胸にじわりと温かい何かがこみ上げてくるような感じがしていた。

少しずつだけど田中主任の存在が私の中で形を変えつつあった。
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