恋のはじまりは曖昧で

「ありがとう、助かったよ」

片づけを終えた私と弥生さんを原田部長はお礼の言葉を口にした。
これも仕事のうちだと思っているのに、そういう気遣いをしてくれる部長の優しさに嬉しくなった。

「そういえば、今日は花火大会だな」

原田部長に言われて、そうだったと思い出す。
仕事が忙しくてすっかり忘れていた。

「部長、そこの窓から見えるんじゃないっすか」

加藤さんが指をさしながら言う。

「そうだな。流石に仕掛け花火は低いから見えないけど、打ち上げは見えたはずだ。ビルとビルの間から見るような形になるけど」

原田部長が書類を自分の机の上に置き、窓を見た。

「見えないよりはいいじゃないっすか。あ、そろそろかも」

残業していた人たちは、花火につられるように仕事の手を止めて窓側に移動する。
遠くで花火の音が聞こえ始めた。

「電気、ちょっと消しますね」

加藤さんが電気を切るとフロア全体が真っ暗になり、外の花火がよく見える。
私もフロアの隅の窓際に立った。

夏の夜空を彩る色鮮やかな大輪の花火。
次から次へと打ち上がる花火を見ていたら、ふわりと鼻をくすぐるスパイシーな香水の匂いがして、自然と胸が高鳴った。
その香りの主は、さっきまでは会社にはいなかったはず。
ちょうど出先から戻ってきたところなんだろう。
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