恋のはじまりは曖昧で
主任の元カノ登場で

十月に入り、例の噂も下火になり穏やかな日常を送っていた。
もちろん、田中主任との交際も順調だ。
エレベーターを降り、図面を抱えて歩いていたら広報の近藤さんにバッタリ会った。

「お疲れさまです」

「お疲れ様。そうだ、田中から聞いたよ」

田中主任が近藤さんには私たちが付き合っている話をしたと言っていたことを思い出す。
仲のいい同期には彼女がいるとは伝えたけど、相手が私だということは近藤さんしか話していないらしい。
だから、前に花山主任に相手はどんな子なのかと田中主任は追及されていたんだ。

周りを気にしながら、近藤さんは小声で話す。

「ここだけの話、アイツは一度恋愛で痛い目に遭っているから特定の相手を作ることはしてなかったんだ。恋愛に臆病になっていたから、まともに彼女なんて出来ないんじゃないかと心配していたけど、アイツから付き合ってる子がいるって報告を受けた時はホントに驚いたよ。それと同時に嬉しくて、二人で祝杯をあげたよ」

近藤さんは顔を綻ばせた後、表情を引き締めた。
それを見て、どうしたんだろうと身構えてしまう。

「言いにくいんだけど、一度ぐらいはアイツ絡みの噂って聞いたことがある、よな?」

伺うように聞いてきて、私は頷いた。
近藤さんの言う噂は、きっと田中主任の過去に関してのことだと思う。
『誰の誘いにものっていた』とかネガティブな噂。
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