純粋な恋をした
1 人はきっとそれを恋と呼ぶ
「女顔のベルティ!」

そう声が上がったと同時に何かをばしんと背中に投げつけられた。
別にいつもの事だし、このぐらいならたいしてどうって事がないから僕は特に気にせず読書を続ける。
だがやつ等、アモス達は僕が無反応を突き通した所で何かを投げつける事をやめるようなやつ等ではない事を理解している。
だから、というのも癪に障るが最終的にはいつも僕がやめてくれ、と頭を下げるのだ。ああ、嫌だ。

「おい女顔のベルティ!いや、ベルティちゃんか。」

「…………。」

「なんだよその顔は。俺に文句があんのかよ。」

文句?ああ、たくさんあるね。というのが本音だけどもそんな事をつい口走ってしまったとしたら今よりももっと酷い地獄が見えているのをわかっているので、静かに俯き黙り込む。
するとアモスはいつも引き連れているジャンに僕の鞄を無理やり奪わせたかと思うと、次の瞬間奪った鞄を噴水目掛けて投げ捨てた。

当然鞄の中に入っていた教科書や本はみるみるうちに濡れていき、水面に浮かび上がる。
その光景を目にしたアモス達は下品に笑い、僕の悔しそうな顔に満足したのかにやにやと僕を見ながらどこかへ歩いていった。

残されたという言い方も変だが、一人になった僕はとりあえず何かを投げつけられていた上着を脱ぎ、座っているベンチの隣に置く。
べっとりとついた赤い汁からして何かしらの木の実っぽいがこの際服なんて洗えばどうにかなる事なのだから、どうでもいい。問題はびしょ濡れになった教科書だ。

どうやって母さんに言い訳をしようか。

アモス達に無理やり転ばされた昨日は転んだ。背中を押されて階段から転んだ一昨日は自分で足を踏み外した。その前のびりびりに破かれた服は友達と遊んでいたらやってしまった。思い出したらきりがない過去の言い訳を今回はどうアレンジするか頭の中で考えつつ、重い腰を持ち上げて教科書が浮いている噴水に足をいれていく。

母さんだけじゃなく、教師への言い訳も考えないといけないな。めんどくさい。
そんな事を思いながらぷかぷかと僕の心とは正反対に軽やかに浮いている教科書を拾っていると、ふいに目の前にびちゃびちゃな愛読していた本が差し出された。

眉間に皺を寄せながら顔をあげれば、そこには僕とたいして年が変わらない綺麗な女の子が立っていて。

「これも君のでしょ?」

「…………。」

差し出された本を半ば乱暴にとり、水でびちゃびちゃに濡れたズボンのまままた黙って教科書を拾っていく。
さっさとどこかへ行け。と思っている僕の心の声とは裏腹に、彼女は物珍しそうな顔で僕の事をずっと見ていた。
だが好奇な目で見られる事には慣れているので、特に気にせず淡々と濡れたせいで切れてしまった本の紙を拾う。

「転んだの?」

「…………。」

「私もよく転んで教科書とか落としちゃうんだよね。前なんて自転車で転んで溝にはまったんだよ。」

「……別に、僕は。」

「私も拾うの手伝うよ。」

「…………。」

「一人で拾うより二人で拾ったほうが早く終わるでしょ。」

ね?と笑いながら何の躊躇もなく僕と同じ噴水の中に入ってきた彼女にどうしようもないぐらい泣きたくなった。
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