センセイの好きなもの
「ねえ、紡実」



大丈夫。事務所にはみんないる。何かあったとしてもきっと助けてくれる。


自分にそう言い聞かせてから大きく深呼吸をして振り返った。


母は上品な白い膝丈のワンピースを着ている。髪は相変わらずの大きな巻き髪。それから、赤い口紅。



「良さそうなところに勤めてるのね。母さん、安心したわ」


「今度は何?またお金?いつも言ってるけど、お金なんてないから」



私は母を睨みつけた。
母は何を考えているのか微笑んでいる。


「紡実、今晩泊めてよ。ゆっくり話したいし」



階段をドドドドドと駆け下りる音がしたかと思ったら、私の前に立ちはだかるように巧先生が立った。



「うちの三上に何か御用でしょうか?」



仕事のときと同じ声だ。普段も低いけど、一段と低くて強い声。



「巧先生、大丈夫ですから…」


「大丈夫じゃねーだろ。たまたま窓から見えたから確信して…。ツム、お前の母親だな?」


「…はい」


巧先生は私を落ちつかせるかのように、手をギュッと握ってくれた。
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