プラトニック・オーダー
一章 なれそめ


 この仕事に就いて、もう何年だろうかと思い返す。
大学を卒業してすぐからだから、もう三年。
同期は半数以上が寿退社していったわけだけど、私はまだ残っていた。

 「木崎さん、次これ先に処理しといて!」

慌しく事務所に入ってきたのは、営業課に在席する佐藤さんだ。
考え事を中止して差し出された書類を受け取ると、私はPC画面を見つめた。

 木崎薫(きさき かおる)…それが、私の名前。
何の変哲もない、普通の会社に勤める普通の事務員。
それでも自分の仕事にはプライドを持って臨んでいるし、それなりにこの三年で仕事振りもマシになってきたと思う。

「先輩、ここの処理なんですけどー」

声を掛けられ、キーボードを叩く手を一瞬止める。
視線を移すと、今年の春入ったばかりの新人で20歳の花山沙由(はなやま さゆ)が書類とPCを交互に見つめながら助けを求めていた。

「ああ、沙由。それはね-……」

言いながら、該当の箇所を何度か指し示しながらPCの画面とを照らし合わせていく。
まだまだ、彼女は一人では仕事をこなすのは難しいようだった。
私も自分が新人の頃を思い出しつつ、当時の先輩たちに教えて貰ったやり方を教えていく。

 何度かそんなやり取りを繰り返していくうちに、彼女も理解出来たのか、花のような笑顔を咲かせて仕事に戻っていった。
改めて、自分の仕事に向き直る。極めて簡単な作業……というより、営業が持ってきた書類をPCに移すだけなのでそれ程大変な仕事なわけではない。
ただ、この作業を済ませてしまわなければ翌日の入金処理などが面倒になるだけであって。

 指示された仕事をやり終え、今度は営業課に書類を返す為に立ち上がる。
営業課―……といっても、小さな会社だ。同じフロアの別室にあるだけで、要はそこの書類棚も私たち事務が整理している。
既に処理の終わっていた営業課の他の書類も手に取ると、私は上司に資料返却を告げて事務所を後にした。

 昨今の省エネだかエコだかのせいで薄暗い廊下を歩き、営業課のドアを叩く。
中から何人かの返事が返ってきたので、私はそのままドアを開き中に入った。

「失礼します」

「おお、木崎ちゃーん。いつも処理早くて助かるよー」

機嫌よく声を掛けてきたのは課長の志村さん。
私は笑顔を返すと、書類の束を持って課長の傍に近寄った。

「書類の返却に寄ったんですけど、何か処理待ちの書類があればついでにお預かりしますよ」

「ああ、じゃあこれとこれ、お願いしようかな。あと、こっちは常務に渡して。いなかったら、レターボックスに入れておいてくれればいいから」

「はい、お預かりしますね」

私は書類を受け取ると、返却用の書類を書類棚に戻し退出した。
佐藤さんの姿が見えないところを見ると、どうやら次の営業先に行ったようだった。
これは、午後に滑り込みで処理業務が入るかな……なんて考えつつ、私は自分の処理分の書類をデスクに置き、外出中の常務のレターボックスに課長から預かった書類を入れた。

 自分の席に再び戻ると、沙由が待ってましたとばかりに顔を上げる。
何事かと首を傾げると、沙由は机の上の時計を指差し微笑んだ。

「もうお昼ですよ先輩!ランチ行きましょうランチ!」

「え?もうそんな時間か」

改めて自分のデスクで時計を確認すると、確かに12時を少し過ぎたところだった。
私は書類をデスクの上のボックスにしまうと、引き出しから外出中のプレートを出しデスクに乗せた。
こうしておけば、営業課の誰かが書類を持ってきても、ボックスに入れておいてくれる。

「じゃ、早く行きましょう!」

沙由も同じ様にデスクにプレートを置きながら、小さな鞄をデスクの下から引っ張り出しつつ笑った。
私も外出用の小さなポーチを引っ張り出すと、上司達に外出を告げ沙由と共に事務所を後にした。


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