Cross Over



6月26日。


澪に付き添ってもらい、企画部へむかう。


決心した表情で歩く私に、隣りから心配そうに澪が声をかける。



『莉菜・・大丈夫?』



まっすぐ前を見つめて言う。


『・・・大丈夫。』




強がって言ってはみるものの、やはり足がすくんでしまいそうになる。


迷惑そうな顔をされるかもしれない。

いや、ほとんどの確率で、きっとされることはわかってる。


先輩に会うのが少し怖い。



でも・・・。



それでもこんな形のまま、終わってしまうのは嫌だ。


その気持ちが奮い立たせた。



『・・・あたしここにいるから。がんばってね莉菜。』




心配そうに、でも私を奮い立たせようと澪が背中をおしてくれる。



『うん。行ってくる。』



緊張した面持ちで澪に言い、企画部のオフィスの前に立つ。



夕方5時頃。もう定時だというのに、企画部の中はたくさんの社員がいるのが見える。



ふう、とリラックスするように息を吐き出す。



決心したように、企画部の扉を開いた。





『すいませんっ・・』




丁度、扉の近くにいた男性に声をかける。



ん?とコーヒーを飲みながらその男性が振り返る。


その途端、

急にその男性がにこっと満面の笑みをこちらに向けた。



・・・?
 


『いやー。こんな可愛い子が来てくれるなんてーっ!企画部へようこそっ!』



コーヒーカップを片手にこちらに近付いて、にこにこと微笑む。


『あっ・・・あのっ・・・』



明るい長めの髪に、右耳に光るピアス。
少年のようににこっと笑うその端正な顔立ちに近くで見つめられ、うつむき口ごもってしまう。



『何か用かな?誰かに用事?』




少しかがんで目線を合わせながら、にこにこと聞かれる。




『あのっ・・あたしっ・・』


『ねえ、その用事が済んだらさ、俺とこのあと・・・』


『おい』




明るい声を遮るように聞こえた聞き覚えのある声に、はっとして顔をあげる。




目の前の男性社員の後ろに、新崎先輩が立っていた。




『・・佐山。』




新崎先輩の低い声が響く。






・・・先輩っ・・・




久し振りに見る先輩の姿に、固まってしまい言葉を失う。




『・・向こうに行ってろ。』




明らかに不機嫌な先輩が、横目で促すように言う。




・・・この人が、佐山先輩。




佐山先輩は、目を丸くして私たち二人を交互に見た。


そのあと、あぁ~と思いついたような、何かに納得したような表情を浮かべた。



そして、笑顔に戻り、悪い悪い、と先輩に手を合わせてから、



『お邪魔しましたーっ。ではごゆっくり。』



笑顔でオフィスの奥のほうに歩いていった。






二人になった途端、


新崎先輩の顔を見上げて、戸惑う。




先輩・・怒ってる。


明らかに機嫌が悪い。



やっぱり・・・迷惑だったんだ・・。




ため息をつき、新崎先輩がゆっくり話し出す。




『・・・俺に用事なんだろ。』




先輩が言う。



『・・・はい。』



うつむき返事をすると、


ふう、と先輩が息をついたのが聞こえた。





『・・こっち。』





そう言い、先輩がゆっくりオフィスから出る。


そのあとを小走りについていった。





企画部の階の小さなロビーに入る。

誰も人がいなかった。



少しロビーを進んだ先で先輩が振り向く。





『・・・・なに?』




明らかに冷たい口調の先輩にはっとして、身動きができなくなる。




紙袋を持つ手が震える。





『・・・あの』





先輩の冷たい空気に、息が詰まりそうになる。




『・・・・・』





『・・・・・』





何も言うことができず、
先輩も何も言わない。



ただ沈黙が流れる。





うつむいたまま、ゆっくり声を出す。






『・・・・この間は・・・すいませんでした。』



『なんで謝る。』



『だってあたしが・・・』



『お前は別に悪くないって言ったろ。』


『でもっ・・・メールも返してくれないし、電話も、出てくれないからっ・・・』



『・・・・・。』




『あたしが、いろいろ聞きすぎたと思って。・・・・ごめんなさい。』




『・・・・・。』




『これ・・・』




先日、一人男性ブランドのお店に出向き、先輩のことを考えながら選んだネクタイ。
綺麗にラッピングされたものが中に入った紙袋を、
ゆっくり先輩に差し出す。



そして、自分の気持ちを伝えようと口を開いたその時ーーー。






『受け取れない。』





ロビーに、静かな先輩の声が響いた。





ーーーー。





え・・・・・?





茫然とし、そのまま動けない。




固まっている私に、もう一度、低い先輩の声が響く。





『もう、なかったことにしよう。』





ーーーー。





ふわふわと宙に浮かんでいるように、聞こえる音も、空気も、現実味がない。




目を見開いたまま、体を動かせない。




先輩は何も言わない。


ただ、


今の言葉を発してから目の前に立っている。




ーーーー。




徐々に、目に涙が溢れてくる。




もう・・・っ・・もうだめだっ・・・。




やっぱりもう・・・っ



来なければよかった・・・っ・・・





涙が、次々と頬を伝う。





先輩に背を向け、一気に走り出した。










『あっ、莉菜っ・・・!』



企画部の前を通ったとき、澪の呼び止める声が聞こえた。



だが止まれなかった。




夢中で泣きながら走り、階段を駆けおりた。







ーーーー。





走り抜けていった莉菜を見ながら、茫然と澪は立ち尽くしていた。


その時、急に企画部の扉が開き、慌てたように佐山が顔を出した。



『あの子、どうしたっ?今走っていかなかったか?』



『あっ、はい。そうなんです・・・。急にそのまま走って行っちゃって・・・』



数秒の間、沈黙し、途端に顔を見合わせる。




『あたしっ・・・莉菜を追います!失礼します!』



澪が莉菜を追いかけ走り出す。



ーーー。



追いかけていった友達であろう子の背中を見届けながら、
先程の、オフィスでの二人の空気を思い出す。



新崎の先程の様子から、

あの女の子が、最近の新崎の頭の中にいる子だというのは、間違いないと思った。


だが、瞬時に、雰囲気が明らかにおかしいと察した。


新崎のあの様子、あの子の表情、
二人の空気を妙に感じ、
笑いながらその場をあとにしたが、二人の様子を気にしていた。



今日は、新崎の誕生日だからなーーー。



先程の、紙袋を持って不安そうに部屋に入ってきた健気な姿を思い出す。




佐山は舌打ちをし、険しい顔でオフィスを出た。







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